他の専門職の養成制度(前編)

「医師をどう育てるか」を考えるために、制度の変遷、海外との比較を見てきました。次は、医師の養成システムを、代表的な専門職である弁護士(法曹)および教師(教員)と比較してみましょう。

 高校を卒業する時には、目指す職業によって大きな違いは感じないでしょう。しかし大学での学習を経て実習や研修を受け、現場での経験を積むうちに、それぞれが異なる「専門職」になっていきます。今回のテーマである臨床研修も、「ただの人」が「医師という専門職」になる過程における、重要な一段階だと言えます。そんな「医師という専門職を作る過程」を考えるために、ここでは弁護士と教師の養成について、医師と比較しながら見ていきます。

弁護士(法曹)の養成過程

 弁護士になるためにはまず「司法試験」に受からなければなりません。従来の試験は倍率が30~40倍の狭き門であり、受験生は大学の授業もそこそこに予備校で試験対策ばかりする…という状況が問題になっていました。そこで、実務を重視して法律を学ぶ「法科大学院」を修了した人が司法試験を受けるという形への制度改革が行われ、奇しくも2004年(現行の医師臨床研修制度がスタートした年)に法科大学院が開校しました。

 この新しい司法試験、当初は50%以上の合格率が想定されていました。しかし制度設計時の予想以上に法科大学院ができたため、昨年度の合格率は23%台になっています。4年間の大学生活の後、大学院に2~3年通っても、4人に1人しか法曹になれない、そんな厳しい業界なのです。

 司法試験の合格者は「司法修習生」として採用され、全国51か所の地方裁判所に配属されて1年間の実務修習を行います。配属地の希望は一応出しますが、指示された場所に赴任しなければなりません。また、一昨年までは初任給程度の給与が払われていましたが、昨年からは修習期間中の生活費も貸与制になりました。その代わり各地で行われる実務修習では、修習生が「労働力」として扱われることはなく、実際の裁判や業務を素材とした教育が重視されているそうです。そんな実務修習を終えた修習生は、最後に2か月の集合研修を受け、修了試験にあたる「司法修習生考試」を経てやっと法曹資格を得られるのです。この最終試験でも、毎年数十人が不合格となって法曹への道を断たれています。

 法曹資格を得てから、執務地の弁護士会に登録すれば弁護士として活動できるようになるのですが、既存事務所への就職活動も厳しさを増しています。平成元年に約500名だった司法試験合格者は、「弁護士不足」解消の名の下に増加の一途をたどり、現在は約2000名になっています。この急激な増加に需要が追いつかず、「弁護士余り」が生じているのです。

 医師と比較されることも多い弁護士ですが、その養成システムは医師と異なり「ふるい落とし」によって成り立っていると言えるでしょう。医学部は最初の選抜こそ厳しいものの、一度入学した学生を、できるだけ落ちこぼれないよう手をかけて育てます。また、研修医は「労働を通して、臨床能力を身につける」という考え方のもとで一定の給与が支給されますが、司法修習生は「訓練期間」という位置づけゆえに給与も出なくなりました。大学や研修病院によってバラツキのある研修体制、時に研修医が労働力として期待される矛盾……。もちろん、医師の養成システムにも課題はありますが、弁護士と比べると守られた環境で育てられているのではないでしょうか。


 弁護士(法曹)教師(教員)医師
大学(学部)法学部
ただし、法学部以外からも法科大学院への入学は可能で、実際にかなり多い。また、難関法科大学院に入るための予備校も存在する。
教育学部・その他全ての学部
学校種・教科によって、取れる大学・学部は異なるが、多くの大学・学部でいずれかの教員免許が取得可能。
医学部(医学科)
医学部を卒業しなければ、医師国家試験の受験資格が与えられない。近年は、学士入学や、他学部卒業後に医学部に入り直す学生もいる。
免許・資格国が実施する司法試験に合格し、所定の司法修習を修了すれば法曹資格が得られる。一度取得すれば、原則として更新の必要はない。大学等で単位を取得し、都道府県教育委員会に申請して免許が与えられる。
近年、教員免許更新制が導入され、10年に1度、更新研修を受けるようになった。
医学部を卒業後、医師国家試験に合格すると医師免許が与えられる。更新の必要はない。
合格率・取得率司法試験:23.5%(2011年度)
司法修習生考試:97.3%(2011年度)
教員免許の取得要件は、規定の単位のみ。
教員採用試験は、概ね2.5倍~30倍。

小学校<中学校<高校の順に倍率が上がる傾向があり、社会や体育などの教科は高倍率となる。
医師国家試験:90.2%(第106回)
実習・研修法科大学院(2~3年)
司法修習(1年)

法科大学院では、実務を意識した演習形式の授業が重視されている。
司法修習生は、準公務員の身分で全国各地の裁判所に配属され、裁判・検察・弁護の実務を学ぶ。「労働力」とみなされることはなく、実務研修に集中できるが、給与は支給されない(貸与制)。
教育実習(必須:2~4週間)
大学在学中に、2~4週間の教育実習を課される。実習中は、普段の教師に代わって自分で授業をする機会も与えられる。実習生には指導教員が付き、授業準備の方法、教材解釈、児童・生徒の理解、教室の掌握など様々な観点から指導する。
臨床実習(学部教育のカリキュラム内)
初期臨床研修(2年・必修)

主に学部5~6年に行われる臨床実習、卒業後免許を取得してからの初期臨床研修、さらには後期臨床研修と、実習や研修の機会が多く設けられている。
最終学歴大学院以上
現在は、法科大学院を修了することが、司法試験受験の要件である。
大学(二種免許は短大)~大学院
教職大学院も存在するが、行く人はあまり多くない。
大学~大学院
医学博士を取得するために、大学院の博士課程に進学する者もいる。
飽和度ここ20年で、司法試験合格者の人数は約4倍に増えた。そのため、法曹資格をとっても、満足な就職ができない弁護士が増えている。
日弁連は、司法試験合格者数の圧縮を訴えている。
医師とは異なり、都市部よりも地方部の方が、教員採用試験の倍率が高いことが多い。若手教師には「非常勤」や「臨時的任用教員(1年契約)」の形で学校で働き続ける者も多い。医師不足が深刻な地域では若手医師の需要は高く、高待遇も期待される。
司法試験と異なり、急激な医学部生の増加策を取ってこなかったことで、仕事にあぶれる不安は感じなくてすんでいるようだ。

 

他の専門職の養成制度(後編)

教師(教員)の養成過程

 やはり高度な専門職である教師ですが、医師や法曹に比べると免許取得のハードルは低く、指定された科目を履修すれば、多くの大学で何かしらの教員免許を取得できます。そのため、教員志望でなくても、「いつか何かの役に立つかも」といった軽い気持ちで教員免許を取る人もいます。

 教員免許を取るための実務研修に位置づけられる「教育実習」は、2~4週間と短いもので、実習カリキュラムは大学や受け入れ校によってまちまちです。また、正規の教員には必須である「年間計画立案」や、長い目で見た生徒指導を体験することもできません。どちらかと言えば、「授業実習」であり、即戦力を育てる実習とは言いがたいものです。実習中の指導や評価も、必ずしも厳しく行われるとは限りません。

 免許取得が容易な代わりに、教員は採用試験のハードルが高くなっています。特に地方では採用倍率が10倍を超えることも多く、正規教員として就職するまでに何年もかかるのが一般的です。採用されるまでの間、非常勤講師などの不安定な身分で働きながら、少しずつ教師としてレベルアップしていくので、「経験豊富な新人教師」も存在します。しかし、比較的競争が緩い都市部の小学校教員の場合は、2~4週間の教育実習しか現場経験のない大学新卒者も多く採用されます。小学校では担任になったクラスの教育活動は基本的に一人で行いますから、医師で言えば「1年目の初期研修医が、いきなり一人で外来診療する」ようなものです。実際に問題が起こることも多く、新人教員のドロップアウトも増加していると言われています。

 教員は、大学における「養成」と教育委員会における「採用」、そして所属校での「日々の実践」がバラバラになっているという問題を抱えています。教員免許を取るための大学での学習には現役教師も教育委員会もあまり関わりませんし、逆にいったん教員になると大学と関わることはほぼありません。しかし医師養成においては、臨床医が教育に関わらない大学は無いですし、研修医になってから大学や医局と何かしらの関係を持つのも当たり前です。



 このように他の専門職と比べると、医師は「大事に育てられている専門職」であると受け取れます。教育機関と臨床現場の連携が強く、次世代の医師を育てるために多くの資源が使われています。診療科や研修先の選択にも一定の自律性が確保され、養成期間中の生活も保証されています。

 一般社会は他の職業と比較しながら「医師」を見ています。この記事が、みなさんが様々な問題や不満に直面した時、「他の職業ではどうなんだろう」と考えるきっかけになれば幸いです。


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