先輩医師インタビュー
海堂 尊
医療への信頼を高める死亡時画像診断(Ai)ー(前編)
海堂 尊
作家・医師。2005年の処女作『チーム・バチスタの崩壊』(『チーム・バチスタの栄光』と改題)で『このミステリーがすごい!』大賞を受賞した、言わずと知れた売れっ子作家だ。千葉大学卒業後外科医を経て病理医になるも、死亡時画像診断(Autopsy Imaging, Ai)の必要性を感じ、その導入に力を注いできた。現在は「医師」よりも「作家」の比重の方が大きいと語る海堂氏だが、医学への熱い思いは変わらないようだ。
外科医として働いた後、大学院で病理学を学んだ。分子生物学・実験病理学に興味を持ち、博士課程修了後は放射線医学総合研究所で病理医としてがん治療の効果判定に携わったが、そこで従来の病理学のやり方では適切な治療効果判定を行うことは不可能だと感じた。
「病理診断では、病巣を摘出し標本にしてから診断します。しかし、治療が続いている間は主に画像で治療効果の判定を行いますから、亡くなった際の病理診断の結果と正確な比較ができないと感じたのです。当たり前のことですが、治療の効果を亡くなった際に最終判定するためには、治療期間と同じ手段で比較しなければなりません。それならば、死亡時にCTやMRIなどの画像を撮ればいいではないか、と気がつきました。これがAiの考え方の基となったのです。」
こうして海堂氏は2000年2月から、Aiに取り組み始めた。活動を進めるうちにAiが死因究明に大きく役立つことも分かってきた。今まで解剖を行わなければ分からなかった死因が、解剖をしなくても分かるようになる――これはやらない手はない、と海堂氏は思った。そこで患者の死亡時に、解剖の前段階としてCT・MRI等を使用した画像診断を取り入れるという流れを作ろうとしたのだ。
「遺族の多くは遺体を傷つけるのに抵抗があり、解剖率は2・7%に留まっているので、多くの死体検案は体表からの診察となり、犯罪や虐待を見落とす可能性が残ります。しかし、Aiを行えば体表からは分からない異常を見つけることもでき、より多くの患者の死因を明らかにできるのです。」
またAiの導入は、医療訴訟の減少にも繋がると海堂氏は言う。
「ある病院で、胸骨穿刺の際に誤って針で心臓を刺してしまったという事例がありました。Aiを行ったところ、確かに針が刺さっているのを確認できたため、医師はすぐ遺族に謝罪し、結果として裁判には至らなかったのだそうです。もちろん医療事故はあってはならないことですが、ちゃんと情報を出して謝罪すれば遺族にも伝わる。遺族に真実を示すことは、たとえミスをしていても医師の信頼を増すことに繋がるのです。」
先輩医師インタビュー
海堂 尊
医療への信頼を高める死亡時画像診断(Ai)ー(後編)
一般的に医療事故の被害者は、「原状回復」「真実を知ること」「迅速な謝罪」の3つを望むと言われる。亡くなった場合「原状回復」は不可能だが、「真実を知ること」のための情報を開示し、それに基づいて「迅速な謝罪」をすることはできる。けれど、真実を知るための手段である司法解剖が行われた場合、その詳細は「捜査情報」として扱われ警察が開示しないため、その結果は医師も遺族も知ることができない。最終的に開示されないわけではないが、裁判になれば開示まで2~3年かかってしまうことも稀ではない。真実を共有するためには、司法解剖に至る前に死因究明をする必要がある。そこでAiが役に立つというわけだ。
「死後のCT検査における死因究明率は約3割。解剖に比べれば低いですが、それで十分なのです。仮にAiで死因が分からなくても、実際に撮影した画像を遺族に見せて、『これでは死因は分かりませんでしたが、解剖をやりましょうか』と提案することもできます。それだけでも遺族の納得、医師への信頼はぐっと高まるのです。」
つまりAiは、遺族と医師が真実を共有するためのコミュニケーション・ツールとも言えるのだ。
これだけ聞くと良いことづくめのAiだが、死亡後の検査には健康保険が適用されない。
「病院も経営が厳しいですから、検査料が出なければ、わざわざ亡くなった人の画像を撮ろうということにはなりません。だからAiを広めていくためには、検査にかかる費用を予算化する必要があると考え、Aiに関する学会を立ち上げることにしたのです。」
2003年のAi学会立ち上げ当初、各学会はAiの導入・進展に対し最初は好意的だった。しかし、徐々に変化を嫌う上層部からの反対に遭うようになったのだ。そんな時、たまたま声をかけてきたのが日本医師会だった。丁度、『チーム・バチスタの栄光』の映画化が決まった2007年のことだ。
「正直もうダメかなと思っていた時でした。医師会にAiについて話したところ、それはやるべきだと言うことで、すぐに委員会を作って3年にわたり検討会を開いてくれたんです。」
このような働きかけが実を結び、Aiの重要性を感じた大学病院などが自主的に取り組む形で、全国に20ヶ所のAiセンターができた。そして、日本国内には全世界の半数近くのCTやMRIが存在し、Aiを行うためのインフラは整っているのだ。あとは検査料さえつけばすぐに動き出せる。Aiに正当な対価が払われる体制が整えば、設備を持つ医療機関もAiに取り組み始めるに違いない。
日本医師会の委員会は、まず小児死亡例については全てAiを行ってはどうかという提言を行っている。小児死亡例は年間5千人、1件約5万円の検査料がかかるので全例を検査すると年間2億5千万円の予算が必要だ。しかし、この額で日本の幼児の死因の一部が究明され、幼児虐待の発見や医療訴訟の減少に繋がる可能性があるならば、決して高い金額ではないのではないか。海堂氏はそう訴える。
「医療において、ニュートラルな真実を明らかにし、それを医師自身と患者が共有することの大切さ、そしてそれが社会に与えるメリットについて、Aiを通じて是非考えてみてほしいですね。」
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