interview 黒川 清(後編)

弱さを知る

海外に出てみると、大きな枠組みで、日本を見るようになります。
ずいぶん前の話ですが、私は、日本の組織から独立した「個人」として、米国の大学へ留学しました。そのうち、「外から見える日本」がよく見えるようになりました。良いところも、弱いところも。気になるのですよ、自分の国ですから。日本のことを、内心みんな思っているから、1か月もすると、突然日本を思う気持ちが強くなってくる。それから、日本のことを愛おしいと思うような、健全な愛国心が自然に出てくるんです。
日本を外から見ると、日本の良さ、強さ、そして弱さを感じ取れる。さらに、自分の良さ、強さ、弱さも感じ取れるようになります。それは違った環境に出てこそ、はじめて認識できるものであり、グローバル世界ではとても大事なことです。自分を過信せず、謙虚であること。その謙虚さこそが、本当の自信を生み出すでしょう。意識が大きく変わっていく、成長していく自分を実感するでしょう。


日本を一度出てみて、はじめて世界に自分が存在する意味を見出すことができるようになる。それは医学生に限らず、多くの学生・若者たちへのメッセージとなり得るだろう。ではそのなかで、「医師であること」はどのように活かしていけるのか。

医師という仕事

医師は、病気の人、人の死に際、人間の一番弱い時間を診る仕事です。ここまで一人ひとりの生活や悩みを知ることのできる仕事はなかなかありません。患者さんを診るだけで、自分の世界が広がっていくはずです。こう考えると、こんなに素晴らしい仕事はありません。
そして、医師という仕事はいろんな形で社会に関われます。どこに行っても働けるし、パートでもできる。私のように、医師としてのキャリアを活かして、政策や教育の仕事をすることもあります。選択肢が多いし、独立した個人としても活躍できる恵まれた職業です。
私は、自分の最低ラインは、子どもたち2人が大学を卒業するまで、アメリカで食べさせることだと決めていました。アメリカでキャリアを積めば積むほど、日本に帰りにくくなった。今帰ったら、医局で1年目から始めることになるのかと、真剣に考えていました。
けれど、予想もしなかったいきさつで、私は自分が飛び出した東京大学に、教員として帰ってきました。それ以来、多様な機会をいただき、その都度、「世界の中の日本」という枠組みで、自分の責務を果たしてきたつもりです。

だから、外に出よう

そんな私のミッションは、「若い人たちに、そういう世界があるんだと実感してもらうこと」。私のやっていることをやれと言っているわけではないのです。
学生の間は、何をやりたいのかを探す旅だと私は思っています。何をやりたいかは人によって違う。外に出てみて、「自分は大したことがない」と気づくかもしれないし、「結構自分はやれるじゃん」と思うかもしれない。いずれにせよ、あなたを待っている世界が必ずあります。
それは、もしかしたら日本の中かもしれません。それがわかれば、日本でやったっていい。
That’s your life, that’s your career. 
若いうちに、世界の中で何をやりたいか見つけてほしい。すばらしい将来があることにもっとワクワクしてほしいと、私は思います。

黒川 清
政策研究大学院大学 アカデミックフェロー
1962年、東京大学医学部卒業。1967年、同医学研究科大学院にて医学博士を取得。1969年アメリカに渡り、ペンシルバニア大学医学部にて助手を務める。その後、教育、研究、診療に従事。1979年、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)教授。1983年日本に帰国。1989年、東京大学教授。1996年、東海大学医学部長に就任。1997年、東京大学名誉教授。2003年より、日本学術会議会長、内閣府総合科学技術会議議員。2006年から2008年にかけて、内閣特別顧問を務める。2006年より、政策研究大学院大学教授。2011年、日本の憲政史上で初めての国会による東京電力福島原子力発電所事故調査委員会の委員長を務める。

 

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