10年目のカルテ

多職種を率いる医師として
患者さんの暮らしを支えるのがやりがい

【神経内科】木下 香織医師
(松江赤十字病院 神経内科部)-(後編)

多職種のコーディネーター

――学生にとって、神経内科は診断することは多くても、直接「治す」というアプローチが取りにくい科なのかなというイメージがあるように思います。

木:私も学生の頃はそう思っていましたね。実際に診断のノウハウはしっかりしています。神経内科では、内科の先生が行う通常の診察に加えて神経診察というのがあるんですけど、神経診察をすると、画像検査ではわからなくても、その方の振る舞いや所見で病巣は脳なのか、脊髄なのか、あるいは末梢神経なのかがわかるんです。ただ、病巣がどこにあるのかがわかっても治せない病気も未だに数多くあります。そういう場合は、病状が今後どうなっていくかを予測し、家族や介護サービスなどの力をどう使って患者さんを支えるかを考えていくことが大事だと思っています。退院後に実際に関わる訪問看護師やリハビリスタッフも交えて話し合いの場を設け、医師が率先してコーディネーター的な役割を果たすことで、その人がよりよい暮らしを継続していけるようにします。今はそういう仕事がかなりやりがいにつながっています。

――そういう役割を果たせるようになるためには、経験が必要ですよね。

木:はい。自分自身が成長して、ようやく少しずつそういう視点から患者さんやご家族と関われるようになってきたと思います。同じ病院に長く勤めることも大事ですね。地域の事業所のスタッフたちと互いに名前を知っているぐらいの関係になれればやりやすくなると思います。

今後のキャリア

――今、2人目のお子さんの出産を控えているんですね。

木:はい。ライフステージと仕事の兼ね合いについては、いろいろ迷いもあります。実はこの科で産休・育休を取って復帰したのは私が初めてなんです。この病院は夜間の救急が多くて、神経内科の中でもそのウェイトが大きいのに、私は一人前に復帰できるのだろうかという不安もありましたが、なんとか他の先生たちが仕事を分担してくださっていて、助かっています。
これからまた産休・育休に入りますが、またここに戻ってきたいですね。一度目の産休の後は、リハビリテーション科に転科することも勧められたのですが、やっぱり神経内科を続けたくて戻ってきたので。ただ、「夜中いつでも呼んで下さい」と言うわけにもいかないので、しばらく急性期脳卒中の治療を中心に据えることは難しいと思います。その分自分が頑張るべきなのはどこなのか考えてみると、変性疾患や難病かなと思い、今はそのあたりを勉強しています。子どもが手を離れたら、もう一度急性期に携わりたいと思っています。


木下 香織
2014年7月現在 松江赤十字病院 神経内科 副部長
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