根拠に基づき、最良の意思決定を(前編)

ここでは、「EBM」という考え方に触れながら、情報化社会における医師の役割について考えます。

EBM――根拠に基づく医療

ここまで、医師が意思決定のために得るべき「選択肢に関する情報」と「患者に関する情報」について、詳しく見てきました。ところで近年、医師は根拠(エビデンス)に基づいて医療を行うべきだという考え方、EBM(Evidence Based Medicine)が普及してきています。ここで言う根拠(エビデンス)とは、「選択肢に関する情報」のページで触れた「外的な根拠」と概ね重なります。つまり、臨床研究の成果や、それらの成果をもとに構成された診療ガイドラインなどに基づいた意思決定をすることが、医療の世界での常識となりつつあるのです。EBMについて、京都大学大学院医学研究科の教授であり、診療ガイドラインの作成・利用・普及にも携わっている中山健夫先生にお話を伺いました。

「EBMが生まれる前、医療の『根拠』となるのは、人体の構造や病態生理、薬学的知識といった医学研究や、自身や先輩医師の経験が主でした。しかし、理論上は効果があるはずの治療法が、患者さんの状態によっては効果がなかったり、かえって副作用が強く出てしまったりするケースも少なくありませんでした。いくら一人の医師が多くの人を診ていて、『この治療法で大丈夫だろう』と思っても、その次の患者さんに同じ治療法が最適かどうかは、わかりませんよね。

そこで生まれたのがEBMです。すなわち、実際に多くの人に対して同じ治療法を行い、その有効性や安全性を確かめた研究の成果を『根拠』として参照しましょう、という考え方です。そのうえで、医師自身の経験、そして実際の患者さんの状況のバランスを見ながら、少しでも患者さんが良くなる確率の高い医療を提供しようというのが、EBMの基本なんです。」

不確実性はなくならない

今後、疾患や治療に関する根拠(エビデンス)が増えていけば、どんな治療法が最適なのかは自動的にわかるようになり、医師の仕事は減っていくのでしょうか。

「エビデンスがいくら増えても、医師の仕事がなくなることはほぼあり得ないでしょう。なぜなら、目の前の患者さんに対して何がベストなのかについては、いくら研究が進んでも、わからない部分は確実に残るからです。

例えば、ある疾患に関して、『この治療法を選ぶと、99%の患者さんは助かる』という研究成果が発表されたとします。しかし、目の前にいるその疾患の患者さんが、99%の方に入って助かるのか、それとも1%の方に入ってその治療法は意味がないのかは、いくら考えてもわかりません。そして、1%に入る場合、じゃあどういう治療法をとると助かる確率が高いのか…などと考えていくと、きりがありません。

どんなに多くの研究が行われても、ある領域では絶対に不確実性は残る。必ずうまくいく方法というのはないのが医療の世界であり、治療法が自動的に決まるなどということは、まずあり得ないでしょう。」

 

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