情報を公益につなげるために(前編)

情報化社会において、より良い医療のために留意すべきことは何か、
日本医師会の石川広己常任理事にお話を伺いました。

情報を国民の利益につなげる

――情報化が進んでいますが、医療に関して集積された情報は、どのように活用できるのでしょうか?

石川(以下、石):医療情報は、利用の仕方次第で益にも害にもなり得ます。

利益の面では、「個益」と「公益」という2つの側面が挙げられます。「個益」とは、文字通り個人の利益のことで、一人ひとりの患者さんの健康を増進し、生命を維持するために情報を活用しようという考え方です。例えば、患者さんの入退院をスムーズにするために、かかりつけ医と中核病院の間で情報を共有する取り組みなどが、既に全国各地で行われています。これは、それぞれの患者さんに対して還元される利益、すなわち「個益」と言えるでしょう。一方、「公益」とは、国民全員にとっての利益です。ここには、個人の情報を集積した結果を公衆衛生や疫学の分野に役立て、全ての人に利益をもたらそうという考え方があります。日本の医療は基本的に保険診療です。医療は社会的共通資本と言われるように、医療情報も、公益のために用いられるべきだと言えるでしょう。

――情報を公益につなげるためには、具体的にはどんなアプローチがとられるのでしょうか。

:例えば、個人のレセプトには、患者さんの氏名・年齢・病名・治療にかかった日数・使用した薬・行った処置などのデータが記載されています。ただし、患者さんがどの程度具合が悪かったか、治療の際に医師がどのように苦労したのか…などといった、細かい情報は記載されていません。ですから、一つひとつのレセプトデータだけでは、何かの役に立てるのは難しいでしょう。しかし、これがビッグデータになると、かなり様々なことがわかってきます。例えば、この年齢にはこの病気が多い、この地域ではこの病気が何月頃に増えた…といったことが明らかになる。こういう情報になってくると、公衆衛生や疫学に活かせるというわけです。

情報がもたらし得る「害」の側面

――一方で、情報は利用の仕方次第で、害にもなり得るとのことですが。

:はい。例えばレセプトデータには、個人を識別するための情報が掲載されているので、見た人は、個別の患者さんがどんな病気にかかっていて、どんな薬を飲んでいるのか、全てわかってしまう。これをそのまま研究に使用すると、極めて個人的な情報が他人にもわかるようになってしまい、個人情報の保護という観点から、ふさわしくないでしょう。ですから日本では、レセプトデータには厳重な匿名化の処理が加えられ、NDB*というデータベースに蓄積したうえで、厳重に管理されています。

ただし、匿名化の処理を行ったデータであっても、とても珍しい病気の方など、地域や性別などで絞り込んだ際に個人が特定できてしまう場合がどうしても出てきます。個人が特定されるような形で研究発表が行われるのを防ぐため、NDBの民間利用に際しては有識者会議が設けられており、データを利用したいという希望があった場合には、発表内容をあらかじめ審査することになっています。

*NDB…National Data Baseの略。

 

情報を公益につなげるために(後編)

患者、そして医師を守る

――日本医師会は、こうした情報の利用に対して、どのような立場をとっているのでしょうか。

:日本医師会は、国民一人ひとりを第一に守っていますが、レセプト情報に関しては、医師や医療機関を守ることも考えています。

国民一人ひとりを守ることについては、個人情報の流出を防ぐことに力を注いでいます。医療情報は、ともすれば、人権侵害や差別につながりかねない側面を持っています。特に、ある人が遺伝的に病気になる確率が高いということが公表されると、その人は就職や結婚が難しくなってしまう可能性がある。このようにして人権侵害や差別が生まれる事態は、絶対に避けなければなりません。

そして、医師や医療機関を守ることについてです。レセプトデータには、医療機関名も記載されるようになっているので、一人診療所だった場合は医師個人の、規模の大きな医療機関の場合でも医療機関全体の、診断や処方の傾向がわかってしまいます。これがもし、製薬会社のマーケティング・リサーチや販売促進に利用されるとなったらどうでしょう。ある特定の製薬会社の利益につながるのだとすれば、それは公益とは程遠いと言わざるを得ません。ですから日本医師会は、データを蓄積する際には原則として医療機関名の記載をなくすよう働きかけ、実際NDBはそのように運用されています。

――日本医師会は、医療情報の門番のような役割も担っているんですね。

:はい。医療情報の益と害が明らかになっていくなかでも、医療は国民から信頼されるものであり続けなければなりません。そのためには、公益を目指し続ける姿勢を崩さないことが重要だと考えています。

 

 

石川 広己

日本医師会常任理事
厚生労働省「レセプト情報等の提供に関する有識者会議」構成員