女性の人権を守るために、性の正しい知識を伝える
~産婦人科医 北山 郁子先生~(前編)

北山先生

今回は、88歳(取材当時)になった今も現役で産婦人科医として診療を続けていらっしゃる北山郁子先生に、60年以上にわたる医師としての歩みについて伺いました。

1年目から見知らぬ土地で

自見(以下、自):北山先生は、戦後間もない1950年から60年以上、この渥美半島で産婦人科の医師として診療を行っていらっしゃいます。社会で女性が自立することが当たり前でなかった時代に、パイオニアとして歩んでこられた大先輩のお話を伺えて大変光栄です。まずは、先生が医学の道を志したきっかけからお話いただけますか。

北山(以下、北):医学部に入学したのは終戦の2年前、文科系の学生は軍事工場に動員されていたような時代です。とにかく勉強がしたくて、東京女子医科大学に進学しました。理科系の勉強は楽しかったのですが、人との付き合いがあまり得意ではなかったので、学生時代は臨床に苦手意識がありましたね。

:そんな先生が地域医療の最前線、渥美半島の診療所にいらした経緯をお聞かせください。

:インターンの最中に夫に出会い、恋愛をしたのです。当時は医学部を出た後、インターンを1年経験してから国家試験を受ける制度でした。私は出身の富山に近い金沢でインターンをしていたのですが、国家試験に合格した後すぐに、夫についてこの渥美半島まで来ました。最初は内科医として夫の診療所の手伝いをしていましたが、まもなく名古屋大学に勉強に通い、産婦人科を標榜して診療を始めました。

:現在でも渥美半島から名古屋へは車で往復3時間ほどかかります。かなりの覚悟がないとできないことですね。

:とにかく産婦人科医として自立したいという気持ちが非常に強かったのです。当時は女医というだけで、地域の方々に一人前に扱ってもらえない風潮がありましたから。

自身と周囲の自立を目指して

:先生は地域で性教育の出張授業を40年以上続けてこられたと伺っています(表)。ご自身が医師としての自立を目指し診療を続けるなかで、性の問題に関心を持ち、地域の女性の自立を支援する活動をされるようになったということでしょうか。

:はい。この辺は農村で、農繁期になると女性も夜遅くまで働きます。働いてヘトヘトなのに、家事や育児もしなければならない、さらに夫の性の要求にも応えなければならないという状況で、女性たちは大変な思いをしていました。診察室で女性ならではの悩みを聴くことが多く、女性が下に見られている風潮ではいけない、女性が大事にされるようにしなければいけないと強く感じました。婦人会で講演を行ううちに、夫や私が校医をしていた関係で学校でも性の授業をするようになりました。

(表)北山先生の性教育活動講演の一例

平成2年 「思春期の性について(小学校PTA)」ほか2件
平成3年 「農村婦人の健康管理(農協婦人部)」ほか10件
平成4年 「思春期教室(保健所)」ほか19件
平成5年 「人工妊娠中絶について(看護短期大学学園祭)」ほか16件
平成6年 「若者の性(教職員組合)」ほか8件
平成7年 「女のからだは女のもの(女性会館)」ほか11件
平成8年 「マイノリティーの性(教育研究協議会)」ほか18件
平成9年 「女性の更年期と骨粗しょう症(保健センター)」ほか6件
平成10年 「青春の『性と生』(県立高校)」ほか20件
平成13年 「自分自身の健康について考えてみよう (中学校保健委員会)」ほか19件
平成14年 「性教育特に性感染症について(県立高校)」ほか8件
平成15年 「性教育(町立小学校)」ほか5件
平成16年 「薬物依存症(町立中学校保健委員会)」ほか1件
平成17年 「いのちの教育(町立中学校3年生)」ほか8件
平成18年 「いのちの教育(町立中学校3年生)」ほか2件
平成19年 「性感染症について(県立高校)」ほか1件

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