認知症と共生する社会へ 
経済界・企業トップ × 日本医師会役員対談(前編)

認知症の人もそうでない人も、前向きに暮らせる社会にするには、医療や介護だけではなく、社会全体で取り組む必要があります。
ここではその中から、経済界や企業の取り組みについて紹介します。

社会参加が健康寿命を伸ばす
日本商工会議所会頭 三村 明夫 × 日本医師会会長 横倉 義武

横倉:日本商工会議所の三村会頭にお越しいただきました。日本商工会議所は、商工業者の声を国の政策等に反映させるため作られた経済団体で、全国に514の商工会議所があります。経済界と医療界という違いはあれ、地域に根ざした活動で社会に貢献するという点で、医師会と共通点も多い団体です。

三村:ありがとうございます。共通点は多いのですが、残念ながら、地域で医療界と経済界が協働する機会はまだ多くありません。認知症についても、「医療や介護が何とかしてくれる」という認識が我々にはありました。

横倉:もちろん、認知症の予防や治療薬開発の研究なども進められていますが、認知症があたりまえの社会になり、医療や介護だけで支えられなくなるのは遠い将来の話ではありません。

三村:私もこの対談に臨むにあたって認知症のことを調べ、これは協働の必要があると強く感じました。我々にできることは、企業としての取り組みと、個人への啓発の2つがあると思います。企業経営者としては、従業員が家族の介護のために離職することは大きな損失になります。ですから、まずは従業員とその家族が健康に暮らせるように、啓発に力を入れる必要があると考えています。しかし認知症があたりまえの時代になる以上は、認知症になった方を社会で支える仕組みや、介護しながら働き続けられるという意識づけを行っていく必要があるでしょうね。

横倉:医療の側からは、どうしても、働いている人や家族にアプローチするのは難しい。経済界が啓発の必要性について理解し、推進して下さるのは大変ありがたいと感じます。認知症も、その他の老化に伴う機能障害も、段階的なものです。高齢社会では、その人のできることに合わせて社会の中での役割を果たし、周囲もそれを支えていけるようになればいいですね。

三村:労働人口が減少していく以上、これからは60代どころか70代になっても社会参加しないと、豊かで活力ある社会を実現できません。なんとか健康に生きられる期間、すなわち健康寿命を延ばしていきたいですね。今の70歳は健康年齢で言えば昔の60歳程度と言われており、私の周りでも65歳を超えて仕事したいと言う方が多いぐらいです。そういう方々を、企業が積極的に受け入れるようになればいいと考えます。社会とのつながりを持つことは、認知症にも効果的ではないでしょうか。

横倉:おっしゃる通りです。社会における役割を持ち、人とのつながりを維持することは、認知症の人たちにとっても様々なプラスの効果があると言われています。

三村:このような課題に危機感をもって取り組むため、今年の7月に我々を含めた民間32団体が中心となり「日本健康会議」を立ち上げました。この会議は、少子高齢化が急速に進展する日本において、国民の健康寿命の延伸と、医療費適正化について、行政のみならず、民間組織が連携し実効的な活動を行うために組織されたものです。

横倉:日本医師会も、健康な社会をつくるために協働しようという考えに賛同し、この会議に参加しました。認知症は簡単に解決できない社会的課題だからこそ、様々な手段を複合的に使って取り組んでいかなければならないと感じています。

三村:何をすれば良いかが明確になれば、多くの企業がより真剣に取り組むでしょう。ですから、解決策のヒントを専門家の立場で示していただければと思います。企業にとっては、社会を活性化し、課題を解決していくことはチャンスでもあります。そうなれば、研究は進み優れた解決策が事業として拡がっていくでしょう。

横倉:ますます、産業界と医療界の連携が進んでいきそうですね。今日は貴重なお話をありがとうございました。

 

三村 明夫(写真右)

日本商工会議所会頭。新日鐵住金株式会社相談役名誉会長。新日鐵住金社長、会長、日本鉄鋼連盟会長、日本経団連副会長等を歴任後、現職。

 

 

 

 

認知症と共生する社会へ 
経済界・企業トップ × 日本医師会役員対談(後編)

「食べる」「噛む」で健康な社会へ
株式会社ロッテホールディングス 代表取締役社長 佃 孝之 ×
日本医師会副会長 今村 聡

今村:わが国は認知症があたりまえの時代に突入しつつあります。そんな時代に、暮らしやすい社会を作っていくためには、企業と市民のパワーは必須になると言えるでしょう。今回は、「認知症にやさしい社会」の実現に向けて活動しているLOTTE社の取り組みについて、佃社長からお話を伺っていきます。

佃:この度はよろしくお願いいたします。まず、ご存知かとは思いますが、LOTTEはガムを中心に成長してきた菓子メーカーです。私たちは菓子メーカーとして「菓子の美味しさ」や、「菓子を食べる楽しさ」を追求してきました。どんな社会課題に関しても、私たちはその軸に沿って活動しています。例えば「口を清潔に」とか「必要な栄養素を摂れ」と言われても、続けられない人もいるでしょう。しかし歯ぐきを健康に保つガムを作り「ガムを噛みましょう」と言われたら、できる方も増えるかもしれません。また、栄養補助機能のあるチョコレートを作って「チョコレートを食べませんか」と言うことで、食べる方が増えるのではないでしょうか。このように、まず「美味しい・楽しい」があって、プラス健康に役立つ機能を、という考え方を大事にしています。

今村:なるほど。日々美味しく楽しく食べることを健康維持につなげるという考え方は素晴らしいと思います。認知症の方はもちろん、人間にとって「食べること」は生きていくうえで非常に重要な要素ですからね。高齢者では、食べる機能が低下すると、活動レベルが下がり、生活の張り合いを失うことも多いです。

佃:また、私どもはガムを主力商品としてきたこともあり、「噛むこと」が健康に与える影響について、特に力を入れて研究しています。認知症に関連しても、よく噛むことによって認知機能を活性化できるのではないかと考え、研究を進めています。

今村:実は医学界としては、薬と違って、様々な食品や行動・習慣などが健康増進に繋がるという話には慎重になる傾向があります。人々の不安につけ込んで、科学的な根拠がないままに予防や治療の効果をうたう商品が氾濫するのは問題ですから。

佃:ご指摘の通り、しっかりしたエビデンスを作る必要を感じております。それについては、例えば「噛む」ことを評価するために、歩数計のように簡単に装着でき、咀嚼の回数や強度を測ることができる「咀嚼計」を、メーカーと共同開発しています。しっかりとデータが取れる基盤を作った上で、社会のニーズに応える研究をしていきたいと取り組んでいます。

今村:素晴らしいですね。御社のようにしっかり研究されている企業から多くの成果が出れば、解決策の幅は拡がると思います。

佃:企業はやはり、社会に求められ、期待に応える商品を作らなければ存続できません。ですからぜひ、医療界とも密なコミュニケーションを取り、医療の観点からみた社会や市民のニーズにも応えられる商品を作っていきたいと考えています。

今村:正しい情報や知識に基づいた商品・サービスで、人々の豊かな生活が実現されるようにしていきたいですね。私たち医師も、商品開発や啓発活動への協力は重要だと考えています。認知症の人の医療や介護に関わる専門家の中にも、「美味しく・楽しく」食べられるように、といった前向きな考え方がまだできない人がいるのも現状です。医学生はもちろん、医師や多職種の方々に向けても、前向きな考え方や新しい解決策について、共に発信し、啓発活動に取り組んでいただければ幸いです。

佃:今後も、医療界・産業界の垣根を超え、認知症になっても豊かに暮らせる社会の実現に向けて協力し合いたいですね。

 

佃 孝之(写真右)

株式会社ロッテホールディングス代表取締役社長。株式会社住友銀行(現・三井住友銀行)専務、株式会社ロイヤルホテル社長・会長を歴任後、現職。

 

 

 

 

No.15