10年目のカルテ

臨床医の期待に応える病理医になる

【病理診断科】市原 真医師
(札幌厚生病院 病理診断科)-(前編)

挫折、ゼロからのスタート

奥田先生

――先生が病理医になるまでの経緯からお話しいただけますか。

市原(以下、市):僕が医学部に入った理由は、率直に言って勉強が得意だからというだけでした。しかし医学部に入ってみると、臨床への熱い思いを持っている同級生も多く、若干の引け目を感じるようになりました。それで自分は基礎研究を極めてやろうと思い、一番親しみやすかった病理学講座に学部生時代から出入りするようになったのです。

卒業して病理の研究室に入りましたが、なかなか研究の結果は出ませんでした。その頃はどこかで「研究がだめなら、病理診断をやればいいか…」と思っていたんです。病理医は臨床医のための「ドクターズ・ドクター」などと呼ばれており、職人っぽくて悪くないなと。けれどこの後すぐ、僕は大きな挫折を味わうことになります。

――挫折とは?

:研究の道を諦めた僕は、アルバイトで来ていた当院に拾ってもらいました。そしてすぐに、国立がんセンター中央病院(当時)に半年間、レジデントとして研修に行ってこいと言われたのです。そのままじゃ戦力にならなかったからです(笑)。

そこで出会ったのは、科ごとに専門性を持った15人の病理医たち。その誰もが、僕が到底敵わないほど優秀でした。それまで僕は、どこか診断をナメていたんでしょうね。大学院で診断もやってきたし、できると思い込んでいた。でも診断の世界にも本物がいるとわかり、プライドがへし折られました。

また、僕と同じくレジデントとして回っている他科の臨床医にも圧倒されました。決して給料は良くないのに、診断を学ぶためにわざわざ来て、病理の知識を貪欲に得ようとしている。それを見て、今の僕ではこの人たちの期待に応えられないじゃないかと、さらに打ちのめされました。真剣に診断を学ばなければだめだと感じ、ゼロから学び直す決心を固めたんです。

 

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