医師への軌跡
地域の開業医や多職種と連携し、
地域全体の医療のレベルを向上させる
取りまとめ役
木佐貫 篤
医療連携の実務に携わる
――先生は県立病院の病理医として働く一方、医療連携科の部長を務めているそうですね。そもそも医療連携とはどういうもので、なぜ必要なのですか?
木佐貫(以下、木):地域医療において、当院のような中核病院には二つの使命があります。一つは、かかりつけ医が対応できない検査や治療を必要とする患者さんを受け入れること。もう一つは、当院を退院した後に患者さんが地域で安心して暮らせるよう、かかりつけ医や訪問看護サービスなどに引き継ぎをすること。医療連携とは主にこの二つのことを指します。医療連携をスムーズにできれば、医療や介護が必要な人でも安心して暮らすことができる地域づくり、すなわち地域包括ケアシステムの構築につながるのです。
――通常では看護師やケアワーカーが医療連携の実務に携わることが多く、医師が実務に関わっている例は珍しいと思います。大学病院や県立病院で勤務医としてキャリアを積んでこられた先生が、なぜ医療連携に携わるようになったのですか?
木:きっかけは16年前、私が南那珂医師会の理事になったことでした。当院から医師会の理事を一人出すということになり、私は大学から赴任してすぐ理事に任命されたのです。
――当時先生は37歳、理事としては若い方だったでしょう。
木:たぶん私が一番若かったと思います。他の理事は、開業している年配の先生ばかりでした。ただ私は父が医師会の役員をやっていたこともあり、特に抵抗はありませんでした。理事になってからは、月1回の理事会で地域の医療課題や病院・診療所の現状などについて話し合い、当院にフィードバックする役割を担うことになりました。
――その後、病院に連携部門を立ち上げる際にも、先生が担当となったのですね。
木:はい。理事になって2年経ったとき、当院が病院機能評価を受けることになったのですが、審査結果で「地域に貢献する病院と謳いながら、退院後の連携ができていない」と指摘されました。そこで、院長が連携部門を立ち上げることを決め、私が担当になりました。当院を退院した患者は概ね開業医が診ますから、連携部門には、医師会理事として開業医と関わりのあった私が適任とされたのでしょう。
開業医との間をつなぐ
――開業医の先生との連携は、スムーズにできたのでしょうか。
木:いいえ、当初は開業医の先生から、当院への不満をたくさん頂きましたね。特に多かったのは、救急の受け入れを断られたという声でした。ですが、その時の状況を詳しく調べると、誤解がある場合も少なくないとわかってきたんです。例えば、救急の受け入れが重なった際、当院は「どうしても人手が足りないから他を当たってみてほしい、それでも無理なら受け入れる」と伝えていたつもりが、開業医の先生には「断った」とだけ伝わっていたことがありました。開業医の先生も後から聞いたら納得してくださった。この例に限らず、片方が100%悪いということはほとんどありません。だから私は、開業医と当院の間に入り、関係をつないでいかなければと感じたのです。理事会で開業医の先生から頂いた指摘を当院に持ち帰り、当院で出た意見をまた理事会で発言することを繰り返し、少しずつ開業医の先生方からの信頼を得てきました。近年では、日曜・祝日しか開いていなかった日南市運営の初期夜間急病センターが、開業医の先生方の努力で毎日運用となり、初期救急対応してくださることで、間接的に当院の救急体制を支援してくださるまでになりました。
地域の医療レベルを上げる
――さらに先生は、地域の医療・福祉・介護専門職への研修にも力を入れているそうですね。
木:はい。当院は、地域から患者を受け入れると同時に、地域に患者を帰していかなければなりません。地域の医療や介護に携わる多職種向けに教育を行うことで、地域全体の医療の質の向上を図ることも、連携部門の役割の一つです。そうした考えのもと、当院では地域の医療・福祉・介護専門職が誰でも参加できる、様々な研修を主催しています。近年では、医療連携科が主体として関わらなくても、認知症や嚥下、栄養などに関する勉強会が開催されるようになってきました。このようにして医療・福祉・介護専門職の信頼関係が深まれば、より良い医療が提供できると思っています。
医師は地域全体の医療を担う
――これから医師になる医学生に一言お願いします。
木:今の時代、地域全体で住民の健康を支えるため、医療連携の考え方はますます重要になっています。それに伴い、専門性の高い医師だけでなく、多職種と連携しながら退院調整をしたり、訪問診療をしたりすることができる、ジェネラルな医師の必要性も増しています。これからの医師には、一人で何でも決めるのではなく、時には任せることなどで多職種の力をうまく引き出していき、地域全体の医療を向上させていく意識を常に持っていてほしいです。
宮崎県立日南病院
医療管理部・医療連携科 部長
1987年宮崎医科大学(現・宮崎大学医学部)卒業。1991年同大学大学院(細胞器官系)修了。2000年、宮崎県立日南病院臨床検査科医長、南那珂医師会理事。2003年より医療連携の実務に携わり、日南病院と地域の開業医との連携や、地域の医療従事者全体を対象とした研修会、医療連携の実務者間の交流会など様々な取り組みを行っている。
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- 医師への軌跡:木佐貫 篤先生
- Information:Summer, 2016
- 特集:患者と医師の関係を考える ~上手に使おう、診療ガイドライン~
- 特集:患者・医師間の情報格差
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- 特集:診療ガイドラインを活用しよう
- 特集:患者本位の医療を目指して
- 特集:診療ガイドラインQ&A 教えて、山口先生!
- 同世代のリアリティー:「国」を動かす官僚の仕事 編
- チーム医療のパートナー:視能訓練士
- チーム医療のパートナー:義肢装具士
- 地域医療ルポ:高知県長岡郡|高橋医院・大田口医院 髙橋 雄彦先生
- 10年目のカルテ:心臓外科 山下 築医師
- 10年目のカルテ:心臓血管外科 原田 雄章医師
- 10年目のカルテ:呼吸器外科 濱中 瑠利香医師
- 医師の働き方を考える:やりたいことの近くにいれば、何歳からでも新たなスタートを切れる
- 医学教育の展望:大学と地域が連携し、地域医療を担う医師を育てる
- 大学紹介:札幌医科大学
- 大学紹介:帝京大学
- 大学紹介:京都府立医科大学
- 大学紹介:宮崎大学
- 日本医科学生総合体育大会:東医体
- 日本医科学生総合体育大会:西医体
- 医師会の取り組み:地域住民の健康を守る(姫路市医師会)
- 日本医師会の取り組み:JAL DOCTOR登録制度
- グローバルに活躍する若手医師たち:日本医師会の若手医師支援
- FACE to FACE:平田 まりの×前田 珠里