地域医療ルポ
父の背中を追いかけ、患者に、地域に育てられる

高知県長岡郡大豊町 高橋医院・大田口医院 髙橋 雄彦先生

高知県長岡郡大豊町
大豊町は、65歳以上の高齢者人口が総人口の55%を占め、「限界集落」という言葉が生まれるきっかけとなった町。髙橋先生は、亡き父から引き継いだ二つの医院を管理するとともに、月に一度ずつ山間部の無医地区(立川地区・西峰地区)に赴き、大豊町の医療を一人で支えている。
先生

市街地から遠く離れた山間部の集落で、医療を一手に引き受けることの厳しさは、父の背中を見て知っていた。毎日診療所を開き、険しい山道を往診に通い、何かあれば夜間だろうと、家庭そっちのけで駆けつける。父とは、そして医師とはこういうものなのだと、当然のように思っていた。

子どもの教育にも困るほど小さな集落だった。小学4年生になる年、二人の姉と共に子どもたちだけで市内に出された。家族団欒が恋しくないといえば嘘になる。それでも父のような医師に憧れを抱き続けた。

医局に入って3年目、父が肺がんで余命が短いとの知らせがあった。どうしても帰郷したいと教授に頭を下げ、経験不足ながら開業の段取りを進めていたところ、父はなんと精密検査で異常なしと判明したのだった。

「教授の計らいで医局に籍は残しておいてもらっていましたが、今更、もう少し大学で勉強したいとも言えない状況でした。ならばいっそ、父のもとに腰を据え、地域医療のいろはを学んでいこうと決めました。もともといつかは地元に帰るつもりでいたので、迷いは全くありませんでした。」

父が亡くなるまでの5年間は、様々な経験の連続だった。お年寄りの膝に溜まった水を抜くのも初めて。予防注射や乳幼児健診、学校健診をするのも初めて。検死をするのも初めて。初めて尽くしのなか、一つひとつ父に教わった。また、地域の患者さんたちにも育てられてきた。「髙橋先生以外に診てもらうのは嫌や、身体を触られたくもない。けど、息子さんやったらまあええよ。」と、駆け出しの自分に任せてもらえたのも、父が築いてきた信頼関係のおかげだった。

「地域の特性も、その中での医師としての振る舞い方も、病院経営のやり方も、全て父から学びました。振り返ってみれば、父と過ごした年月はかけがえのないものだったと思います。父が亡くなった後、急に跡を継いだのでは、こうは上手くいかなかったでしょうから。」

この町に帰ってきて20年。最近ようやく「地域のため」という思いが強くなってきた。

「最初は父を楽にしてやりたいという一心だったのが、徐々に妻や子どもへと視野が広がり、地域のため…という境地がやっと見えてきました。父も、晩年は地域のため、慈善事業のようなことばかりしていた。一銭の得にもならないで、何が楽しいのかと思ったけれど、今ならその気持ちがわかる気がします。地域医療って、長い年月をかけて熟成されて初めて見えてくるものなのかもしれませんね。」

 

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(写真左)診療所のある大豊町の風景。高齢化率は町全体で55%、地区によっては7割を超えるが、その分人々の団結力も強い。
(写真中央)髙橋先生が父から受け継いだ医院の一つ。
(写真右)「患者さんとの会話から教わることもたくさんあります。」
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