医師の多様な働き方を受け入れる
公衆衛生という職場
~元検疫官 松本 昌子先生~(前編)

松本先生

今回は、日本医師会女性医師バンクの紹介を通じて、東京検疫所に医師として勤務されたご経験のある、松本昌子先生にお話を伺いました。

検疫所に就職するまでの経歴

猪狩(以下、猪):今回は、東京検疫所で勤務されたご経験のある松本先生にお話を伺います。

松本(以下、松):検疫所での仕事は、医学生の皆さんにとってはなかなかイメージが湧きにくいと思いますので、本日はできる限りお伝えできればと思います。よろしくお願いします。

:まず、先生の簡単なご経歴をお聞かせいただけますか?

:私は、2000年に医学部を卒業しました。当時はがん治療に興味があり、放射線科などを志望していました。しかし、健康上の理由で臨床研修を受けず、ブランクができてしまいました。当時は現在の臨床研修制度ではなく、卒業後は医局に入るのが一般的だったのですが、医局に入るタイミングも逃してしまいました。その後、知人の厚意で1年間臨床研修を受けましたが、制度改正でその研修も無効となり進路に迷っていました。そんな時に出会ったのが、日本医師会女性医師バンクでした。

:日本医師会女性医師バンクは、厚生労働省から委託され、日本医師会が行っている、女性医師の就労・勤務継続・再研修などの支援事業です。登録された方には一人ひとり担当のコーディネーターがつき、相談に乗ったり、その方の事情に合わせた就職先を探したりしています。そして、松本先生が登録された時、私が担当になったのですよね。ちなみに、先生はどうやって女性医師バンクを見つけられたのですか?

:インターネットで検索し、たどりつきました。登録したら、コーディネーターであり、現役の医師でもある猪狩先生がお電話を下さいました。日本医師会の事業ということで安心感がありましたし、現役の医師の先生が、医師ならではの事情も踏まえて対応してくださるので、とても心強かったです。東京検疫所は、専門医などの資格がなくても就職でき、身分も公務員となるため福利厚生も充実しているということで、本当に良い職場をご紹介くださったと感謝しています。

:私たちとしても、様々な事情で続けられなくなってしまった優秀な女性医師の復職をサポートすべく活動してきましたので、ご希望の条件に合う職場をご紹介できて本当に嬉しく思っております。

 

医師の多様な働き方を受け入れる
公衆衛生という職場
~元検疫官 松本 昌子先生~(後編)

検疫所での医師の仕事

:検疫官として働く場合、勤務地はどこになるのですか?

:松検疫所の基本的な任務は検疫感染症の病原体の国内流入を防ぐことです。主な勤務地は港と空港です。私は、船舶を検疫するお台場の東京検疫所と、飛行機を検疫する東京空港検疫所支所(羽田空港)の2か所の勤務を経験しました。まずお台場の本所に配属になり、一年後に羽田空港に異動になりました。

:実際に、どのような感染症の対応をされましたか?

:私が就職した2014年はブラジルワールドカップ開催の年でしたので、初めの頃はブラジルに渡航する方に向け、黄熱病のワクチン接種に関する業務を集中的に行っていました。

:最近では新宿でデング熱の感染が確認されたり、エボラ出血熱で西アフリカが大変な被害を受けたりということもありましたよね。

:はい。2014年夏にデング熱が流行し、秋に国内初のエボラ出血熱疑似症が出た後、羽田空港に異動しました。その後、MERSやジカウイルス感染症対応を経験し、マラリアやデング熱、チクングニア熱にも対応する機会を得ました。

:検疫所でのお仕事は、病院や診療所での仕事とは随分違うのでしょうね。

:はい。医療機関では、基本的には検査・診断・治療という一連の流れをたどると思います。一方検疫所では、簡単に申しますと、入国者をスクリーニングし、入国か隔離かを判断する流れとなります。検疫感染症の疑いがある人を発見した場合、適切な医療機関へ送ります。また、感染症の潜伏期間にも注意します。責任が重いので、初めはとても緊張しました。

:様々な感染症の流行を未然に防ぐのですから、とても重大なお仕事ですよね。

:はい。ただ、検疫所は診療所とは違い、診療行為を行える範囲が限られているため、もどかしさを感じる方もいらっしゃるかもしれません。検疫所は「検疫感染症の病原体を国内に持ち込まない」ということを使命としているため、検疫感染症か否かを判断するための決められた検査と隔離、また感染症予防やその啓発が業務の中心となるのです。一方で、市中病院などでは診ることのできない感染症をたくさん診ることができ、非常に勉強になります。感染症に興味のある方にはとてもやりがいのある職場だと思いますよ。

臨床医ではない道も色々ある

:勤務形態としては、比較的働きやすい環境と伺いました。

:はい。お台場の方は平日8時30分から17時15分までの勤務ですので、子育てをしながら働いている女性医師も多くいらっしゃいます。官舎に入れますし、所得も安定しているので、ワーク・ライフ・バランスを保って働きたい方には良い環境だと思います。

:空港ではもう少し不規則な勤務になりますか?

:そうですね。特に羽田は24時間空港ですので、私は4週間に10回、15時間30分の交替制で勤務していました*。不規則ではありますが、自由になる時間も多く、私はその時間を使って、社会人大学院に通わせていただいたり、研修させていただいたりしました。様々な勉強の機会を与えていただき、非常にありがたく思っています。

:勤務環境の良さに加え、一般的な医師のキャリアの中ではなかなか経験できない業務が多いことも魅力ですよね。

:そう思います。検疫所では、国政を担う様々な職種の方々と一緒にチームで仕事をすることになります。医療行政・衛生行政という、ある意味国の根幹を支えている分野に触れることができますから、医学に限らない幅広い興味・関心をお持ちの方に向いていると思います。

:医師にはそういう仕事もあるということを、医学生の皆さんにはぜひ知っておいてほしいですね。希望があれば、見学なども可能でしょうか。

:もちろんです。見学は随時受け付けていますので、ぜひ門戸を叩いていただきたいと思います。

 

東京検疫所 見学の問い合わせ先
東京検疫所総務課
TEL:03-3599-1511

受け入れにあたっては、所内の業務状況を踏まえて日程等の調整をすることになりますので、ご希望に添えない場合もあります。

*平成28年10月現在、東京検疫所羽田空港支所の勤務形態は、4週間に10回、24時間勤務(仮眠時間を含む)に変更されています。

語り手(写真左)
松本 昌子先生

聞き手(写真右)
猪狩 和子先生
日本医師会女性医師バンク東日本センター コーディネーター(平成28年8月末現在)
耳鼻咽喉科 北川医院 院長

No.19