女性外科医も働ける環境を作らなければ外科が衰退してしまう

【消化器外科】河野 恵美子医師(大阪厚生年金病院 外科)
-(前編)

外科医としてのキャリア

10年目のカルテ

―― 外科医になった経緯を教えていただけますか?

河野(以下、河):看護師の資格を有していたので、医学部在学中は勉強のかたわら乳腺専門病院で仕事をしていました。当時は乳房切除が当たり前の時代で、乳房を失って泣いている患者さんも多く、「お医者さんになったら乳がんを専門にして」と何人もの患者さんに言われました。乳腺外科は女性医師が必要とされる科であり、精神的ケアも大きな比重を占めます。看護の視点がベースにある私に向いているのではないかと思い、乳腺外科医になろうと考えました。

―― 6年目には専門医資格を取り、出産退職されていますね。

河:一般外科の医局で働き、5年目で結婚して、6年目に出産しました。ちょうど専門医になるタイミングと出産が重なったのです。一生に一度のことかもしれないし、子どもと一緒にいる時間を大切にしたかったので、1年は仕事を離れて育児に専念すると決めていました。当時は、出産後も働き続けている女性医師が周囲におらず、育児休暇の制度もよく知りませんでした。休んでいる間、代わりの医師が来ないと迷惑をかけるので、退職という道を選びました。

――その後、消化器外科医として復帰されるんですよね?

河: 子どもが1歳になったときに、比較的育児支援が充実している今の病院に入職しました。もちろん乳腺外科をやろうと思っていたのですが、事務手続きの際に「お子さんがいるから乳腺外科ですよね」と聞かれ、思わず「消化器・一般外科です」と答えてしまったのです。悪気はなかったのでしょうが、元々乳腺をやりたかったのに「子どもがいるから」と言われたことで、思わず口をついて出てしまいました。そんなきっかけで大腸を中心に消化器外科をやり始め、もう5年が経とうとしています。

10年目のカルテ
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