女性外科医も働ける環境を作らなければ外科が衰退してしまう
【消化器外科】河野 恵美子医師(大阪厚生年金病院 外科)
-(前編)
外科医としてのキャリア
―― 外科医になった経緯を教えていただけますか?
河野(以下、河):看護師の資格を有していたので、医学部在学中は勉強のかたわら乳腺専門病院で仕事をしていました。当時は乳房切除が当たり前の時代で、乳房を失って泣いている患者さんも多く、「お医者さんになったら乳がんを専門にして」と何人もの患者さんに言われました。乳腺外科は女性医師が必要とされる科であり、精神的ケアも大きな比重を占めます。看護の視点がベースにある私に向いているのではないかと思い、乳腺外科医になろうと考えました。
―― 6年目には専門医資格を取り、出産退職されていますね。
河:一般外科の医局で働き、5年目で結婚して、6年目に出産しました。ちょうど専門医になるタイミングと出産が重なったのです。一生に一度のことかもしれないし、子どもと一緒にいる時間を大切にしたかったので、1年は仕事を離れて育児に専念すると決めていました。当時は、出産後も働き続けている女性医師が周囲におらず、育児休暇の制度もよく知りませんでした。休んでいる間、代わりの医師が来ないと迷惑をかけるので、退職という道を選びました。
――その後、消化器外科医として復帰されるんですよね?
河: 子どもが1歳になったときに、比較的育児支援が充実している今の病院に入職しました。もちろん乳腺外科をやろうと思っていたのですが、事務手続きの際に「お子さんがいるから乳腺外科ですよね」と聞かれ、思わず「消化器・一般外科です」と答えてしまったのです。悪気はなかったのでしょうが、元々乳腺をやりたかったのに「子どもがいるから」と言われたことで、思わず口をついて出てしまいました。そんなきっかけで大腸を中心に消化器外科をやり始め、もう5年が経とうとしています。
女性外科医も働ける環境を作らなければ外科が衰退してしまう
【消化器外科】河野 恵美子医師(大阪厚生年金病院 外科)
-(後編)
ワーク・ワーク・バランス
――子育てとの両立はどのようにされているのですか。
河:朝は4時に起きて朝食を作り、手術記録のチェックなどを行っています。主人は会社員で、朝は子どもを保育園に連れて行ってくれるので、帰りは私が迎えに行きます。午後に手術が入ったときは迎えも代わってくれる、育児や家事にとても協力的な主人です。
保育園は20時までですが、自分の中で19時には迎えに行くと決めて仕事をしています。「早く帰れて楽をしている」と思う人もいるかもしれませんが、早く帰るために相当努力をしています。仕事が終わらない時は、一旦家の用事を済ませ、夜中に再出勤したり、朝の4~5時に早朝出勤することもあります。なので、研修医よりも病院に近いところに住んでいます。家は家で仕事がたくさんあり、子どもを寝かせるまで100%フル稼働している、という感じです。
よくワーク・ライフ・バランスと表現されますが、実情はワーク(外科医)・ワーク(家事・育児)・バランスであり、仕事だけしていた時と比べると何倍も大変だなあと感じています。
外科離れを防ぐために
――外科医は特に女性が少ないのではないでしょうか。
河:外科医は主治医制をとっていることが多く、24時間365日対応できなければならないという考えが根底にあります。私も当初子どもがいることを理由に、主治医(執刀医)を任せてもらえませんでした。その時期は、何のために仕事を続けるのかわからない…と一度は辞めようかとも思いました。けれど、患者から看護師になり、そして外科医になったことを考えると、まだ自分の役割を果たしていないのに辞めるわけにはいかないと思い、踏みとどまりました。
その後、後輩外科医が出産を契機に他科に移るのを目の当たりにしました。周囲は「それでよかったんだよ」と言っていましたが、断腸の思いで辞めたその姿を見て本当にショックを受けました。彼女の分まで頑張らなければいけない、これ以上同じような人を出してはいけないと思い、あえて女性に厳しい環境である消化器外科で生きていくことを決意しました。
それから女性外科医の問題について学会発表や論文でメッセージを発信するようになりました。批判も浴びますが、これからは女性の力が必ず必要になる、女性外科医も働ける環境を作らなければ外科は衰退してしまう、と強い危機感を抱いています。誰かがやらなければならない、私はその役割を担っていると思っています。
――最後に、医学生へのメッセージをいただけますか?
河:医師の女性比率が高まり、外科離れが問題視される今、男女ともに働き方を変えなければ外科が衰退するという危機感が高まりつつあります。自分には無理ではないかと思わずに、興味がある人にはチャレンジしてほしいと思います。
また、医師を目指すみなさんには、標準治療をきちんと提供できることは大前提として、その上で患者を人として多角的に見られるようになってほしいと思います。医師は「疾患から患者をとらえる」視点を中心とした教育を受けますが、看護の視点も学んだ私からすると、「患者さんの背景や価値観なども含めて気持ちに寄り添うこと」が、これからの医師にますます求められるのではないかと思います。
2001年 宮崎大学医学部卒業
2012年7月現在 大阪厚生年金病院 外科医長
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