男女ともに働きやすい環境をめざして

女性医師支援センターから

村岡 真理(日本医師会女性医師支援委員会委員)

はじめに少し昔話をしたい。

1970年代前半、東北の小さな城下町で私は学生時代をスタートした。入試に合格した120人と、特別枠の沖縄の学生が2人、計122人の1年生の中で女性はたったの15人だけ。最初に親しくなった友達と一緒にバドミントン部に入部したが、現役の女子部員はそこにも他にはいなかった。練習の後、先輩たちとわいわい食事をしたり飲みに行ったりするのは楽しい時間だったが、そのような場面で私たちはしばしば次のような言葉を聞かされることになる。ストレートに「女の子はすぐ嫁っこに行くからな。」とか、多少柔らかく「一生懸命勉強しても、結婚したり子どもができたり、女性はいろいろハンディが多いからね。」とか、言い方はいろいろであるが、要するに、「オレは医者としては君たちには期待しないよ。」というメッセージなのだ。特にいじわるでもない「普通の人」または「いい先輩」の口からそのような言葉を聞いて、高校を卒業したばかりの私たちは大いにショックを受けた。

学年が上がって卒業後の進路を考える際にも、あからさまには言わないまでも「オンナは要らない」という雰囲気を漂わせている教授、教室が当時は複数存在し、私を含む女子医学生の進路選択には少なからず影響を及ぼした。

卒業して最初に勤務した病院では、夜も明けないうちに手術室に呼び出され、星空を見ながら帰る日々だったが、それはそれで楽しかった。単身で自由の身であれば、女性だからというだけで特にハンディはない。しいて言えば、一度先輩医師に、「お前さんとは一緒に風呂に入れないもんな。」と言われたことがある。なんのことかと言うと、どうやら彼は1日の手術が全部終わると、後輩医師と風呂につかりながら術後カンファレンスをするのが習慣だったらしい。

時代は変わり、今や医学部の卒業生の3分の1は女性である。先輩医師にも女性は増え、男性も優しくなり(?)、女性に対して先に述べたような言動をする教授は多分いないであろう。しかも、新医師臨床研修制度が始まって学生が研修病院を選ぶようになり、女性も働きやすい病院でないと研修医が集まらないし、研修後も残ってくれない。だから、大学や病院では女性医師が働きやすい環境づくりに力を入れるところが増えてきたと考えられる。実際はどうだろうか?

平成21年に日本医師会が全国の女性勤務医に対して行ったアンケート調査からいくつか拾ってみよう。

1.職場環境に関して『当直室・更衣室・休憩室などの施設環境の不備がある』とするものが25%あった。

2.職場は子育てに協力的か、という質問には、『協力的』3割強、『非協力的』2割強、『どちらとも言えない』が4割強であった。

3.『産前・産後休暇を完全に取得した』のは74.4%であり、取得しなかった理由については『休暇をとり辛くて休職』または『退職した』が最も多かった。

このようにまだ、女性にやさしい、育児に協力的な職場が多数派とは言えない状況にある。病院というのは、職員全体では圧倒的に女性が多い職場なのに、この状況は困ったことである。

また、次のようなデータもある。

4.『休日は4週8休(週休2日)』が43.2%と最も多かったが、『完全消化』はわずか21.9%で『ほとんど返上』も13.7%あった。

5.宿直翌日は84.7%が通常の勤務をしていた。

6.全体の約7割が何らかの時間外勤務を行っていた。

この部分は男性にも共通のテーマであり、男性の方がもっと大きな数値が出ると予想される。すなわち、多くの医師は日常的に時間外勤務を行い、しばしば休日を返上して働き、ほとんど休みがない医師も1割以上いる。また、8割以上の医師は宿直の翌日も通常の勤務をしている。宿直(通常、当直)の場合、深夜緊急手術をしたり、1時間おきに急患があったりしてほとんど眠れなくても、翌日も働くことになる。

といっても、医師になって数年、特に気楽な独身のうちは、仕事が面白くて勤務時間が長いことはそれほど気にならない人も多いだろう。ワーク・ライフ・バランスなどそっちのけで、仕事や研究に没頭する時期があっていい。しかし一方、激務に耐えかねて職場を去る医師がいることも事実である。また、子どもができるとさらに困難は大きい。子どもを育てるのは母親の仕事、と決めつけないでほしい。子育ては両親で行うもの、と認識することが、男女ともに働きやすい職場を作る第一歩だと思う。

病院の勤務環境改善のための具体的な提言が各方面からなされ、また実際に取り組みが始まっている。それらについては本誌1号の「勤務医の労働環境改善のための取り組み」でも紹介されているのでここでは省略するが、それらの取り組みを受け継ぎ推進していくのはみなさんの役目であり、権利でもある。

今、みなさんは学びの場にある。40年前と比べると医学・医療は格段に進歩し、学生生活は豊かになった。しかし、学生時代にしておくべきことは根本的には変わりない。

医学の知識を身につけると同時に、広い視野で社会を見てほしい。男と女、先輩と後輩、他学部の学生、外国人、など、立場や考え方の異なる人々と触れ合い、人間を知ることはとても大切だ。スポーツに親しみ、大自然の素晴らしさを味わおう。きっと、医師という職業を選んだことの幸せをあらためて感じるに違いない。そのうえで、医師免許を手にしたら是非医師会に入会してともに働きやすい職場をめざして、またよりよい医療をめざして活動することを期待したい。

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執筆者:村岡 真理
(整形外科・小児リハビリテーション)
1979年 弘前大学医学部卒業
日本医師会女性医師支援委員会委員

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