医学生 × 1型糖尿病の皆さん
同世代のリアリティー 番外編

1型糖尿病 編(前編)(1)

このコーナーでは医学生が、別の世界で生きる同世代のリアリティーに触れる座談会を行ってきました。今回は番外編として、慢性疾患と共に生きることのリアリティーを探るべく、1型糖尿病の皆さん3名と医学生3名によるセッションをお送りします。
同世代

今回のテーマは「1型糖尿病」

1型糖尿病は若年者の発症が多い疾患です。今回は、20代から40代までの1型糖尿病の皆さんと医学生が語り合いました。内容が盛りだくさんのため、2回シリーズでお伝えします。

人それぞれ 突然の発症

中安(以下、中):最初に、皆さんが1型糖尿病を発症した時のことを教えていただけますか?

能勢(以下、能):僕が発症したのは29年前、高校3年生の時でした。体調が悪くて、風邪かと思って放っておいたら、体重が7キロくらい減ってしまって。病院に行ったら、「糖尿病ですよ」と言われました。

藤田(以下、藤):私の発症は14歳の時で、今年で22年目になります。6月に日本脳炎のワクチンを接種した後に41度くらいの高熱が出て、その後8月くらいから口渇と倦怠感が出てきました。風邪薬を飲んで寝ても一向に良くならなくて、次第に階段が上れなくなり、寝たきりの状態になりました。近所の病院に行ったら、すぐに大きな病院に行くように言われて、そのまま高血糖で2日間意識がなくなりました。その後、2か月くらい入院してコントロールしました。

秋永(以下、秋):私は2016年の2月に診断が出たばかりです。症状が出始めたのは前年の12月で、同様に口渇や倦怠感です。最初は冬場の乾燥か単純な疲れかと思ったのですが、次第に「やつれたね」と言われるようになり、体重を量ってみたら4~5キロも落ちていました。筋力も低下しすぎて階段を上るのもやっと。特に食後は仕事が手につかないほどのしんどさで、眠気を通り越して意識も朦朧としていました。今思えば明らかに高血糖症状なのですが、まさか1型糖尿病だとは思わず2か月も我慢をしてしまったのです。最後耐えかねて病院に行くと、進行が速く1型の疑いがあるから明日すぐに行くようにと大学病院を紹介され、翌日即入院になりました。

岩住(以下、岩):1型糖尿病は先天性の疾患で、子ども時代に発症するものだと思っていましたが、大人になって発症することもあるんですね。

:遺伝的素因を持っていて、そこに何か引き金が加わると発症する場合が多いようです。一応、遺伝子解析をすると発症しやすい人はわかるんですが、それを持っているからといって必ず発症するわけでもないと聞きます。好発年齢は小学生から中学生ですが、中には70代になって発症する人もいます。

大場(以下、大):藤田さんは歯科医師だと伺いましたが、医療系に進んだのは、糖尿病を発症されたからというのもあるんですか?

:そうですね。もともと医療関係に進みたいとは思っていましたが、糖尿病を発症後に、歯科医院で「うちでは糖尿病患者は診られない」と言われたことがあったんです。それで、糖尿病がある患者さんのことも安全に診られる歯医者になりたいと思い、歯学部への進学を決めました。

 

医学生 × 1型糖尿病の皆さん
同世代のリアリティー 番外編

1型糖尿病 編(前編)(2)

日々の生活における血糖のコントロール

:皆さんお酒を飲まれていますが、大丈夫なんですか?

:1型でもお酒は飲めますよ。糖質は血糖値を上げますが、アルコールは逆に血糖を下げる方に働きます。だから、お酒の中に含まれている糖質とアルコールの総量を考えて、バランスを取れば大丈夫です。

:バランスを取るというのは、具体的に何をするんですか?

:皆さんの膵臓がやっているのと同じことを、我々は手動でやっています。何かを食べて血糖が上がってくると、膵臓からインスリンが分泌されるわけですが、私たちはその機能がダウンしているので、摂取する糖質の量と消化のスピードを考えて、随時インスリンを打ちながら食べます。

:注射は基本的にお腹に刺すんですか?

:特に決まっていません。腕でも太ももでも大丈夫ですよ。

:そろそろ打ったほうがいいとか、長年の勘でわかるんですか?

:これだけ食べたらこれくらい血糖値が上がるというのは、ある程度経験でわかりますね。失敗するときもありますが。

:もし失敗したら…?

:ひどい場合は意識を失うこともあります。我々はいつでも低血糖になる可能性があるので、常にブドウ糖を持ち歩いています。あと、災害などに備えて、インスリンやアルコールも、家や職場に分散して備蓄するようにしています。

:私たちはインスリンを打たないと1週間くらいで死ぬので。

:1週間でですか?

:1週間も持たないかもしれないですね。

患者は一人ではない つながることの大切さ

:皆さんが糖尿病だと診断された時に、ご家族や周囲の方はどのような反応をされましたか?

:私は診断が出る前に自分で色々調べていたから理解も早く、それほどショックはなかったんですが、親は病名すら初耳で、大変驚いたと思います。

:うちの母は「どうしてうちの子だけが」という思いからか、すごく過保護になりました。

:1型糖尿病では、保護者に対するケアもすごく大切ですよね。子どもとの距離の取り方を学ぶ機会はなかなかありません。患者会に入って、親同士で情報交換するしかないのが現状です。

:患者さん同士は、どうやって知り合われるのですか?

:子ども向けには、小学校の1年生から高校3年生まで参加できるキャンプが各地で開催されています。小さい子たちはまず、自己注射や血糖測定を自分一人でできるようにトレーニングするんです。親がいないときも一人で過ごせるようになるのを目標にして、それを高校生がサポートするといった形で行われます。

:同世代につながりができると、心強そうですね。

:年代や発症年齢も近いと親しみを感じる、というのは明らかにあります。そういうこともあって、僕はFacebookに誰でも入れる実名登録のグループを作りました。今は400人くらいメンバーがいて、1型患者が8割くらい、他には医療者やご家族も参加されています。毎日、1型糖尿病に関する情報交換や意見交換を行っています。

:いつ頃から始められたんですか?

:東日本大震災の直後からですね。最初は、震災後のインスリン供給に関する情報交換が目的でした。

:そのグループを作ったことで何か変化はありましたか。

:多くの情報に触れられるというメリットはもちろん、自分は一人ではないと実感できるのが大きいと思います。今日は低血糖だとか、高血糖が続いてるよという話を「あるある!」と言って共有できるので。

:当事者同士、共感し合うことができるんです。

:身の周りに1型糖尿病の人がいなくても、毎日そういう話がどんどん流れてきて、同じ病気の人も頑張っているんだなとか、同じようにへこんでるなとかが伝わってきて、すごく気持ちが楽になります。

:私の場合は幸運にも、入院してすぐお医者さんの紹介で大学病院の患者会みたいなものに参加できたんですけど。やっぱり最初に同じ病気の方にお会いした瞬間、涙が止まらなかったです。そこで同年代の方とも知り合えて。そのあとはこういうオンラインのグループにいくつか参加しているという形です。そのなかで、能勢さんのような病気に詳しい患者の方にも出会えて、様々な人から情報を得られるようになりました。

:私が発症した当時は、まだインターネットが普及していなかったんです。発症して1年間一人で色々悩んでいたんですが、調べたらどうも患者会があるらしいということがわかった。患者会に行ってみたら、自分が今まで一人で悩んでいたことが、一瞬で解決したんです。他の人には自分と同じ苦しみを味わってほしくなくて、ネットワーク作りを始めました。

病気になって得たプラス志向の考え方

:1型糖尿病になって、交友関係がとても広がりました。完全にランダムに発症するので、普通の生活をしていたら絶対に出会わない人ともつながれるんです。病気をきっかけに、色んな人と知り合えて、様々なことにチャレンジしてみようとも思えたので、そういう意味では病気に感謝しています。今では病気にならなかった自分が想像できないですね。

:私は最初の5~6年は、「普通に戻りたい」という思いがありました。けれどある時から、「普通」の感覚が変わりました。例えばいま医療の現場で働いているのも病気があったからで、いろいろなチャンスをくれた病気に感謝しています。

:私はまだ1型糖尿病1年生なので、まずは生活にメリハリがつきました。遊ぶときは遊び、寝るときは寝るとか、仕事を家に持ち帰らないとか。予期せぬ低血糖や高血糖で調子が悪くなることも多いので、自分のやりたいことやるべきことを、はっきり考えられるようになったと思います。

:皆さんを見ていると、マイナスなことでも自分次第でプラスに変えられるんだと実感します。困っている患者さんに対して、マイナスの要素を少しでもプラスに変えられるように、私たちも力になれれば、と思いました。