医学教育の展望
医学生と教員が対話し、
医学教育の未来を考える(前編)

医学教育はいま、大きな変化の渦の中にあります。臨床研修必修化はもちろん、医学研究の成果や新しい技術の開発に伴い学習内容は増加し、新しい取り組みがどんどん進んでいます。そんな医学教育の今後の展望について、最前線で取り組んでいる教育者をシリーズで紹介します。

医学生の皆さんは、日々膨大な量の知識を学習し、多くの試験をこなしていると思います。しかし、昨今の医学研究や技術の発展の速さを考えれば、皆さんは将来、大学時代にはなかった新しい知識や技術を使ったり、考えもしなかった倫理的課題に直面するかもしれません。

しかし、いかに医学の常識が変化しようとも、医師に普遍的に求められるものがあります。それは、変化に対応して新しい考えを取り込もうとするマインドや、職業人生を通して学習し続ける姿勢を持つことではないでしょうか。

医学教育は今後、高度な医学的知識・技術だけでなく、こうした学習姿勢を医学生が身につけられるものに変わっていかなければなりません。そのためには医学生も、講義を受けて試験をこなすだけの受動的な存在から脱し、医学教育に関する議論に主体的に参加する存在となることが必要かもしれません。そしてその議論の場には、「未来の医師」の診察を受けることになる市民も当事者として参加していることが望ましいでしょう。

「学生と読むTomorrow's Doctors」は、こうした医学教育界の状況を受け、京都大学大学院医学研究科医学教育推進センターの柴原真知子先生と、関西の大学で学ぶ医学生が集まり2014年12月に発足しました。

"Tomorrow's Doctors"(以下、TD)は、イギリスの卒前医学教育認証評価基準です。医学教育認証評価基準は世界中にたくさん存在しますが、1993年に発表された第1版TDには、「現代の医学教育にはどのような改革がなぜ必要なのか」が丁寧に述べられており、今日の日本の医学教育に通じる内容も多く含まれています。

「学生と読むTD」の目的は、第一に、日本の医学教育が直面する課題やその解決策を、当事者自身の手で明らかにすること。第二に、当事者同士で医学教育について議論するプラットフォームを作ること。イギリスの方針をそのまま輸入するのではなく、TDに書かれた論点をもとに日本の医学教育を相対化し、現状と課題をあぶりだそうという発想の下、毎回活発な議論が交わされています。医学部教員を中心に、患者体験のある市民や障害を持った市民との対話も進んでいます。今回は、そんな議論の様子を少し覗いてみましょう。

詰め込み教育で試験は受けっぱなし

池尻(以下、池):医学生の中には、知識を詰め込んで試験をして終わり、となりがちな現在の教育に疑問や違和感を抱いている人も多いのではないかと思います。いわゆる詰め込み教育について、TDでも「記憶力に負荷をかけるものだとしても、知性を育てるものではない」と書かれていますね。

外山(以下、外):試験前の数日で過去問を暗記して、もはや記憶力テストをしているのではないかって人も見かけます。

荘子(以下、荘):学生側にも改めるべき部分はあると思うけど、問題の本質は、過去問を暗記すれば何とかなってしまう評価システム自体にありそうだね。

柴原(以下、柴):TDには、「大量の情報を教えこんだり、試験によって学習の必要性を感じさせるようなシステムの下では、知の探究を求めるような学びの姿勢は弱まってしまう」とあります。

:臨床との関連や、科目同士の横のつながりが明示されれば、今よりずっと興味を持って勉強できるのではないでしょうか。例えば研究に関する授業でも、実際に臨床の場に出ると、研究の重要性がよくわかり、授業も俄然面白くなってくるんですが、低学年のうちにはなかなかピンとこないんですよね。

:私の医学部の授業では、授業に対する学生の意見はオープンに受け入れる旨を伝えていますが、直接意見を言ってくれる医学生はほとんどいません。ある時「合格してさえいれば、点数や授業方針に興味はない」という意見を聞いて、これは多くの試験をこなさなければならない医学生に特有の考え方かもしれないと感じました。医学生側から教員側への働きかけを促進する制度も、これから開発していく余地があると思います。

 

医学教育の展望
医学生と教員が対話し、
医学教育の未来を考える(後編)

医学部は「職業訓練校」?!

:医学部は他学部と違い、卒業するとほぼ全員が医師になります。そういう面を指し、「医学部は職業訓練校」と言う人もいます。僕も実際そうじゃないかと思うことはあるんですが、皆さんはどう思いますか?「大学で学ぶ」ってどういうことなんでしょうか。

:「訓練」と「教育」の違いを考えると、ヒントになるかもしれません。第1版TDのもとで英国の医学教育改革に携わったPlaydon とGoodsmanによると、あらかじめ決められた答えにたどり着くことを目指して暗記・反復を繰り返すものが"Training"(訓練)であるのに対し、"Education"(教育)は、答えがあらかじめ自明視できない課題に取り組めるようになることを目指したものだそうです。

:医学教育にEducation の要素がなければ、個々の患者さんに合わせて柔軟に対応したり、日々の臨床から新たな知見を見出したりする医師を育てるのは難しいように思います。

:Training とEducation のバランスが取れていることが大事なんですね。

「医師を育てる」ことにもプレッシャーがあるんですね

:教員側にも、「医師を育てる」ことへの社会的な責任から、「卒前教育ですべて教えなければ」というプレッシャーがあるように思うんです。そうなると学習内容は網羅的にせざるを得ず、医学の進歩とともに、教える分量も年々増えていきます。

:医学部に入った時、「君たちはこれから、国に多額の借金をするんだ」なんて言われたりもしましたけど、先生方もプレッシャーを感じているんですね。

:医学教育全体を統括する教員と、現場の教員との意識の乖離については、以前、和歌山県立医科大学の羽野卓三先生をお招きしてお話を伺いましたね。専門家はついつい、自分の専門領域を全部教え込みたくなってしまう。しかしそうして分量を増やしていくにも限界がありますから、どこかで内容をスリム化する必要がある。そのためには、自分の専門領域と他の領域を横断的に捉えたり、卒前だけでなく卒後教育や生涯学習まで俯瞰する視点が必要だとおっしゃっていました。しかし現状、こうした視点を持てる教員は決して多くないのかもしれません。

:確かに、これからの医学教育のあり方を考えるためには、卒前から卒後まで、全体を見据える視点が大切だと思います。

:そのためには学生・教員双方の歩み寄りが必要ですね。また、医学生の臨床実習や卒後教育には、病院を利用する市民の皆さんの協力も欠かせませんね。

:医療者・医学生・市民が、それぞれ当事者意識を持って医学教育について語り合う場を、今後さらに拡げていきたいです。

この活動に興味のある方は下記のメールアドレスまで!
Mail:tomorrows.doctors.japan[a]gmail.com([a]を@に変えてください)

 

(写真右より)
柴原 真知子先生
京都大学大学院医学研究科 医学教育推進センター特定助教

池尻 達紀
京都大学 医学部 5年生

荘子 万能
大阪医科大学 医学部 5年生

外山 尚吾
京都大学 医学部 2年生

学生と読むTomorrow's Doctors
教育学の専門家である柴原先生と、医学生数名で結成。