医師への軌跡

医師の大先輩である大学教員の先生に、医学生がインタビューしてきました。

学生のうちこそ
大学の外に
目を向けてほしい
小林 弘幸
順天堂大学 総合診療科・病院管理学 教授
東京都医師会 理事

「当たり前」を疑う経験

可児(以下、可):僕は学生のうちに医学部内外のいろんな世界を見たいと思って、学外の活動にも参加してきました。でも、学生なんだから本当は学業に集中すべきなのではないか、と不安になることもあります。

小林(以下、小):そんなことを心配する必要はないよ。医学部にこもって6年間過ごすのはもったいない。医師は医療のことだけわかっていればいいという時代ではないから、政治や経済のことも含めて、広い視野がないとね。俺自身、3年半のイギリス留学で人生観が変わったなと思うから、若い人には留学をいつも勧めているんだ。

岡本(以下、岡):留学先でどんな経験をされたんですか?

:外国と日本では医療のあり方がこんなにも違うのかって驚かされた。医療のシステムも違えば、採血の仕方や抗生剤の投与の仕方も違う。俺が一番衝撃を受けたのは、働き方の違いだね。30日のうち15日が当直だったんだけど、当直じゃない日は17時に完全オフ。当然17時に仕事が終わっているわけはないんだけど、代わりの医師が引き継いでくれる。患者さんやその家族もそれを当然だと思っていて、重患の家族が"Have a nice weekend."って送り出してくれたりする。当時の日本では、医者は自分の生活なんて顧みずに働くのが当然だったから、信じられなかったね。

日本の外に出て働いてみると、自分の常識が打ち破られるようなできごとが必ずある。留学はしておいた方がいいと思うね。

ほっとしてもらえる医師に

:先生は、テレビの健康番組への出演や本の出版など、臨床以外でも活躍されていますよね。

:本を出したりメディアに出たりするようになって、遠方の方から感謝の手紙をたくさん頂いて、患者さんと一対一で対応して治すだけが医療じゃないんだなって思うよ。

:でも正直、医療情報を伝えるテレビ番組や雑誌って、医学的に正しいとはいえないようなものもありませんか…?

:信憑性に欠ける情報を発信するメディアも確かにある。ただ、その怪しい情報を嘘と言い切ることは難しいということも知っていてほしい。どんな治療にも主作用と副作用があるように、医療には必ず両面があるし、研究が進んで、これまで正しいとされてきた常識が変わることもあるだろ? だから、自分には疑わしく思える主張に出会っても、いきなり否定するのではなく、まずは「どうしてこんな風に考えるんだろう?」と考えてみたほうがいいと思う。

:なるほど。でも正直、患者さんが怪しい医療情報を信じて診察室に来るのは、ちょっと怖いなと思ってしまいます。

:今は患者さんがたくさんの情報を得て病院に来る時代だよね。だからこそ、正確な知識を持っていることと同時に、「先生と会うとほっとする」と思ってもらえるような医師になることが大事なんじゃないかな。

:そういう医師になるためには、どうしたらいいでしょうか。

:得意・不得意もあると思うけど、コミュニケーション能力ってやっぱり大事だよね。これは俺自身の経験なんだけど、部活のラグビーで大けがをした。もう元のように歩けないと言われるほどの重傷でね、目の前が真っ暗になった。でもその時、「よく見ると、ここの骨がちょっと治ってきてるんだよ」と声をかけてくれた先生がいたんだ。その一言には本当に救われた。自分にも知識があるから、信じちゃいけない、期待しちゃいけないって思ったけど、やっぱり嬉しかったよ。医師の何気ない一言で、同じ状況も、患者さんにとっては天国にも地獄にもなりうる。まずは実習や臨床研修の場で、「この先生いいな」と思える医師を見つけて、その人を真似ることから始めてみたらいいんじゃないかな。

小林 弘幸
順天堂大学 総合診療科・病院管理学 教授
東京都医師会 理事
1987年、順天堂大学医学部卒業。1991年より、ロンドン大学付属英国王立小児病院に留学。現在、総合診療科・病院管理学教授のほか、漢方医学先端臨床センターの教授も務める。

可児 圭丞
順天堂大学 医学部 5年
キャリアに迷っていましたが、医学を究めた先生からの「今のうちに医学以外の分野をしっかり学ぶべきだ」というコメントを信じ、これからも興味のある分野を学んでいきます。

岡本 賢
順天堂大学 医学部 2年
自由がある学生時代だからこそ様々な人と出会い、価値観に触れ、視野を広げることの大切さを再確認しました。新しい時代の医師のあり方を知り、その理想を目指したいです。

※医学生の学年は取材当時のものです。

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