地域医療ルポ
山深い秋田の村の、ただ一人の医師として

秋田県横手市 山内診療所・三又へき地診療所 下田 輝一先生

秋田県横手市
ご当地グルメ「横手やきそば」で有名な横手市は、2005年、旧横手市と周囲の町村が合併して発足。秋田の漬物「いぶりがっこ」発祥の地とされる横手市山内(旧山内村)は、点在する13の集落から構成される。三又はその一つ、人口230人、世帯数87世帯の小さな集落である。
先生

5月中旬、桜が散ったばかりの旧山内村には、畑仕事に出る人の姿がポツポツと見える。拠点とする山内診療所から、新緑の鮮やかな山道を車で15分ほど走ったところに、三又へき地診療所はあった。

週に1度の外来を楽しみにしていたかのように、既に10人ほどの患者が集まっていた。待合室は、馴染みの患者同士の他愛ない会話で賑やかだ。診察室は開け放たれていて風通しが良く、下田先生は皆の会話の流れに溶け込んでいくように順々に診察を進めていく。自分の番が終わった後、診療所が閉まるまでくつろぐ患者も少なくない。

横手で代々開業医を務めてきた家に育った下田先生だが、初めから地元に帰ろうと思っていたわけではないという。

「学生時代、静岡に下宿したことがあってね。冬でも暖かいし、下宿から見上げると富士山がきれいに見えた。それに比べて、ここは雪が2〜3メートルも積もるわ、除雪された雪は黒くなって汚いわで、帰省のたびに幻滅しちゃってね。でも、だんだん親父の髪が白くなっていくのを見て、ぼちぼち帰ることも考え始めた。そんな時、医師不足で経営が傾いていた横手の市立病院から、来てくれないかと声がかかってね。それで戻ってきたんだ。」

下田先生が山内村に来たのは1990年。内科部長として市立病院の経営を立て直し、次世代につなぐ見通しが立った頃だ。

「当時の村長や村の重役は、『本当に来てくれるの?』という感じだったよ。それまで医師は週1度の派遣だったからね。電車は本数が少ないし、家族に送迎してもらえない人もいるから、患者さんたちにはありがたがってもらえたのかな。初めの頃は夜中の2〜3時に往診することもあったけど、今では患者さんも私を気遣ってくれて、遅くに出向くことは少なくなったよ。」

こうした経験からか、下田先生は地域医療を担う人材を確保する難しさを人一倍知っている。自身の後継者探しも、地域の医師会を通じて行っているが、なかなか苦戦しているという。

「今は道路事情も除雪も、昔に比べればだいぶ良くなったんだよ。けれど、そう思えるのは、雪があるのが当たり前の地域で育ったからかもしれないね。最近は地域医療に興味をもってくれる若い人もいるようだけど、こういう地域は難しいのかな。まあ、私も目の前のできることをやってきただけだから、偉そうなことは言えないよな。」

はにかむ下田先生だが、笑顔の奥には、この地で診療を続け、信頼を積み重ねてきたことへの静かな誇りがうかがえた。

 

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(写真左)待合室は、地域の人たちの団欒の場でもある。
(写真中央)終始和やかに診療が進む。
(写真右)三又へき地診療所の外観。
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