Interview【基礎研究に携わる医師】(前編)

医学部で学んだ経験は基礎研究に活きてくる

物理から化学、そして医学へ

――研究者を志すようになったのはいつ頃からですか?

鈴木(以下、鈴):高校生の頃から、研究者になることに漠然とした憧れを持っていました。私はもともと理論物理に興味があり、高校卒業後は東京大学理科一類に進学しました。宇宙の成り立ちにロマンを感じていたのです。ですが、いざ入学してみると、同じ理論物理志望で、「この人たちにはとても敵わないな」と思うような学生がたくさんいました。数学の演習の授業で、私が難しい問題にかじりつき、何とか解答を導き出している隣で、彼らはものの数分で答えを出している。理論物理は私の進む道ではないのかもしれないと感じ、有機化学、特に有機合成の分野を選びました。

――そのまま有機化学の道に進まず、医学部に再入学されたのはなぜですか?

:実は、なぜ医学部に来たのか、はっきりとした理由を説明するのは難しいんです。新しい物質を作り出せる有機化学の研究も、非常に面白いと感じていましたから。あえてもっともらしく言えば、「人の体の仕組みを知りたい」ということと、「若いうちにもう一回何か新しいことにチャレンジをしたい」という気持ちが強かったように思います。修士1年の夏に大阪大学医学部の学士編入学試験に合格したので、大学院を中退して再入学しました。

当時の阪大医学部のカリキュラムでは、3年生の秋に、基礎系の研究室に配属される機会がありました。私は微生物病研究所(微研)に配属になり、そこで免疫学の研究に出会ったのです。分野こそ違えど、有機化学の世界で研究のいろはを叩き込まれていたため、免疫学の研究にもすんなりと馴染むことができました。微研では、学生時代から研究発表の機会も頂き、高いモチベーションを保つことができました。先生方には非常に感謝しています。

Dr.Suzuki――先生は研究室に所属される前に、阪大病院で臨床研修を受けられていますね。

:ええ。私が卒業した時点では、まだ臨床研修は必須ではなかったのですが、医学研究に携わる以上は、臨床も経験しておくべきだという思いがありました。

臨床研修で実際に患者さんに接することは、非常に楽しくやりがいがありました。このままずっと臨床をやっていくのもいいかな、とも思いました。そんななか、学生時代から指導をしてくださっていた先生から「また研究をやってみないか」とお声がけいただきました。そこで研修を1年で切り上げ、本格的に研究の道に進むことにしました。微研で博士号を取得し、その後カリフォルニア大学サンフランシスコ校に留学しました。

 

Interview【基礎研究に携わる医師】(後編)

神経と免疫の関係の研究に携わる

――帰国後は、任期付きの准教授として阪大に戻られたのですね。

:はい。この時私は、神経が免疫を調節するメカニズムを解明したいと思っていました。「病は気から」という言葉があるように、昔から神経系が免疫に何らかの調節作用を持っていることは指摘されていました。また、私の大学院時代の指導教官を中心とした研究で、セマフォリンという神経系の発達に関わる分子が免疫系の調節にも関わっていることが明らかにされ、私自身もセマフォリンの免疫系における機能を研究していました。このように神経と免疫に深い共通性があることは判明していたのですが、神経が具体的にどのように免疫を調節しているのかは知られていなかったのです。

「神経系が免疫を調節するメカニズム」というのは非常に大きなテーマで、それを解明するには様々な方法が考えられます。そこで私は、「神経系が免疫細胞の動きを調節しているのではないか」という仮説を立ててアプローチすることにしました。ここでは、私の留学先での研究が非常に役に立ちました。免疫細胞の体の中での動きをイメージングによって可視化する研究に携わっていたことで、免疫細胞の動きに関する知識や洞察力が身についていたのです。特任准教授の任期は5年間でしたが、4年目の終わりに評価をされるため、実質4年間でまとまった成果を上げなくてはなりません。ゼロから新しい研究を始めて業績を出すにはギリギリの年限だなという感覚がありました。大学院生1名と技術職員の方2名との4人体制で懸命に実験にあたった結果、交感神経がリンパ球の動きを調節していることが判明し、3年半で論文にまとめ上げることができました。

――研究で成果を出し、研究に打ち込めるポストを得ていくには、やはり地道に実験を重ねることが重要なのでしょうか。

:そうですね。もちろん、成果が出るかどうかは、運に左右される部分も大きいと思います。特に大学院生時代や留学中は、自分でテーマを設定するよりは、与えられたテーマに取り組むことが多くなるでしょうから。ただ、与えられたテーマと環境の中で最善を尽くそうとすれば、必ず何らかの形になると、私は思っています。

私自身、留学中に超一流の雑誌に論文を発表できたわけではありません。しかし、大発見ではなくとも、一定の成果は出せたと思います。医学や生物学の研究では、どんなテーマであっても、それまでの研究経験が大きな意味をもつと思います。早々に諦めてしまうか、投げ出さずに地道に取り組み続けるかというところが大きな分かれ道なのではないでしょうか。

医師が基礎研究に携わる意義

――先生は医学部に再入学して医師免許を取り、その後基礎研究の道に進まれています。医師が基礎研究に携わる意義とは何なのでしょうか。

:基礎研究自体は、医師免許がなくてもできます。しかし、医学研究の多くは、最終的には「病気を治す」というところに結びついてきます。ですから、病気のことを知り、実際に患者さんに触れた経験を持つことは、非常に重要だと思います。

また、最近の医学研究には、循環系や神経系といった生体システム間のやり取りを明らかにし、人体の中で何が起こっているのかを全体的に捉えるという潮流があります。私の研究も、神経系と免疫系という二つの生体システムの関係を扱っています。医学部で一通り人体のことを学んだ経験は、こうした分野横断的な研究に必ず活きてくるはずです。

――最後に、医学生へのメッセージをお願いします。

:医学生の皆さんはポテンシャルが高いですから、国家試験合格だけを目標とせず、研究をはじめ様々なことに挑戦してほしいです。まずは学生のうちに、少しでも研究に触れてみることをお勧めします。自分の肌に合うなと思ったら、ぜひ基礎研究の世界に進むことも考えてみてください。

 

鈴木 一博先生
Kazuhiro Suzuki, M.D., Ph.D.

大阪大学免疫学フロンティア研究センター教授。
2016年、「交感神経による適応免疫応答の概日リズム形成機構」の研究で日本医師会医学研究奨励賞を受賞。

 

 

 

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