共に留学経験を得て、家族の絆を深めた
~杉本 由香・昌彦先生ご夫妻~(前編)

今回は、留学のために一家で渡米し、夫婦で共に留学経験を得た、杉本由香・昌彦先生ご夫妻にお話を伺いました。

留学を機に家族を見つめ直すことに

今野(以下、今):お二人は三重大学の同級生でいらっしゃいます。昌彦先生は卒後、県内の様々な病院で研鑽を積まれ、由香先生は奈良県で臨床研修を受けられた後、しばらくして三重大学に戻られました。

お二人がご結婚なさったのは卒後4~5年目とのことですが、お二人ともご多忙のなか、どのように家族としての時間を過ごされていましたか?

杉本由香(以下、由):私が三重大学に戻る1年前に結婚したのですが、大学に戻って最初の1年3か月は滋賀県との県境にある病院に勤務していたため、夫婦で過ごすのは週末だけという状態がしばらく続いていました。

妊娠がわかってからは、私は大学院生として研究する道を選びました。出産直後は伊勢市にある実家から大学に通い、母の助けを借りながら育児をしていたのですが、長距離移動が負担になり、両親にお願いして津市に来てもらいました。

:2008年から昌彦先生がアメリカのクリーブランド・クリニックに留学され、由香先生とお子様もご一緒に渡米なさいました。どのような経緯で留学をご決断されたのですか?

杉本昌彦(以下、昌):私はもともと、いつかは留学したいと考えており、妻にその希望を伝えていました。妻の仕事のことを考えると、留学先に一緒に来てほしいと強くお願いすることはできなかったのですが、奨学金をもらえることになってから実際に留学に行くまで1年間の猶予があったため、二人で様々なことを話し合って決めました。奨学金の種類によっては、指定の病院にすぐ行かなければならないものもあるのですが、私が頂いた奨学金は、留学先を自分で決めて申し込む仕組みだったため、留学先が決まるまで時間があったのです。

:それまで一緒に過ごす時間がなかなか作れなかったこともあり、家族というものを見つめ直す良い機会だと思って、皆でアメリカに行くことにしました。渡米まで時間があったことで、私は職場に迷惑がかからないよう丁寧に仕事を引き継ぐことができました。

インタビュアーの今野先生。
 

アメリカと日本の働き方や子育ての違い

:留学中の生活についてお聞かせください。

:留学先の病院からは給与が出なかったため、奨学金に加えて、大学から休職扱いで頂いていた給与と、それまでの貯金で暮らしました。

:私はこの渡米を「人生の夏休み」くらいの感覚で捉えていたため、当初は働かず、育児に専念しようと考えていました。しかし、そのような生活を送っていると、現地の日本人コミュニティ以外に人間関係を築くことができず、自分の世界がどんどん狭くなっていくことに気付いたのです。夫はもちろん、当初は英語もほとんど話せなかった子どもも、現地の学校で友達が増えていき、自分だけ取り残されていくように感じました。

そこで、つてを頼って血液内科の研究所でボランティアとしてお手伝いをさせてもらうことにしました。そのうち、もっと長い時間研究したいと思うようになりましたが、そのためには子どもをアフターケア*に預けなければなりません。そこで、せめてアフターケア代だけでも出してもらえないかと上司に交渉し、実現することができました。

:アメリカと日本の働き方にどのような違いを感じましたか。

:勤務は17時終了が基本でした。医師の仕事が臨床と研究に分かれていることや、チーム制やオンコール制が進んでいること、リサーチナースなど他職種への業務委譲が進んでいることなどにより、そのような働き方が可能なのではないかと思います。また、自宅からパソコンでカルテを見ることもできるため、何かあっても病院に行かずに対応することができるというのも大きいのではないでしょうか。

:育児に関してはどうでしょうか。

:男性も当たり前に育児に参加する社会だと感じました。私は日本にいる間、全くと言っていいほど育児に参加できていなかったのですが、アメリカではアフターケアのお迎えにも行きました。

:土日の休みが必ず取れるので、子どもと一緒に遠出することができるのもありがたかったですね。経済的にあまり余裕のない生活を送らざるを得なかったのですが、アメリカにはお金のかからないレジャーがたくさんあり、ピクニックや釣りなどによく行きました。

:21時頃まで外が明るいので、平日の夜遅くに一緒に野球教室に行ったりもしました。

:学校の授業参観や文化祭が夜の時間に行われ、日中働いている親が見に行きやすいようになっていることも日本と違うところだなと思いました。また、日本では夏休みのような長期休暇中は子どもの面倒を見るのが大変だとよく言われますが、アメリカにはサマースクールという、夏休みを利用して子どもたちを様々なところに連れて行ってくれる仕組みがあり、それもありがたいと感じました。

子どもが小さいと公立の施設に預けることができないため、保育のお金はかかるのですが、働きたいという意欲があれば、叶えられる環境が十分整っているように感じました。子どもを預けて働くのはアメリカでは当たり前なので、肩身の狭さを感じることもありませんでした。

 

*アフターケア…日本における学童保育のように、放課後に子どもを預けられる保育サービスのこと。