Interview 私のライフヒストリー
医師の仕事は「自力で60点」ではなく
「人と協力して100点」を目指すこと(前編)
麻酔科医として国内外で勤務するかたわら、MBAを取得しビジネスの世界でのマネジメント経験も積まれ、その後も多様なキャリアを歩まれている大嶽浩司先生にお話を伺いました。
チーム医療における医師の役割
――大嶽先生は医学部を卒業後、臨床麻酔科医として海外で勤務されただけでなく、シカゴ大学でMBAを取得し、コンサルタントとしての勤務経験や、病院経営の経験もお持ちです。近年、チーム医療の重要性が叫ばれていますが、医師は組織の中でリーダーシップを発揮するシーンが多い仕事です。先生はその点について、どのようにお考えですか?
大嶽(以下、大):チーム医療にはリーダーの存在は不可欠ですが、個人的には、リーダーの在り方が変わってきたと感じています。かつてのような「強いリーダー」よりも、よく人の話を聴き、人に任せながら進められるリーダーが求められるようになってきています。
医療安全や感染制御の分野では、看護師がリーダーを務める病院も増えています。看護師にはクリニカルラダーという評価システムがあり、看護師長ともなればマネジメント研修を受けている方も多いので、現場をリードする能力が身についている。その一方で、医師がマネジメントについて学ぶ機会はほとんどありません。これからは、医師がマネジメントを学ぶ重要性はますます高まっていくのではないでしょうか。
そうしたなかで医師に期待されるのは、「では、あなたはどう考えますか?」と、チーム内の様々な意見を聴き、ファシリテートする役割ではないかと思います。さらに時々、チームが何のために集まっているのかを思い出させる役割も担う必要があると感じます。多職種がそれぞれ専門性を発揮していると、話がいつのまにか過度に高度化し、ときに「患者さんのために」という原点が置いていかれることがあるからです。医療の現場が複雑化するなか、必要なときに原点に立ち戻り、チームをまとめるような役割が、これからの医師に求められていると思います。
チームで取り組むことの重要性
――医学生には、まだ自分がチームの一員として働くイメージがわかないかもしれません。先生はチームの重要性について、どのようにお考えですか?
大:医師――より広くいえば社会人の世界は、学生の世界とルールが違います。医学生の時は「正解」があります。例えば合格基準点が60点だったら、学生はその60点に自力でたどり着かなければならない。ですが、医師になるとそういった「正解」はありません。そして、患者さんのために限りなく100点に近いパフォーマンスを出すように求められます。その代わり、「カンニング」はし放題です。何の本を見てもいいし、人にいくら助けを求めてもいい。医学生には、自分が将来そういう世界に足を踏み入れるのだということを考えてほしいですね。
――先生は昭和大学で、若手医師の教育にも取り組まれています。チームの大切さを伝える際に、どのような点を意識されていますか?
大:若手医師の中には、自分の技量を上げることに一生懸命な人も多いのですが、大切なのは実はそこではありません。私は院内の若手医師を集めたワークショップで、「自己実現ではなく他者貢献だ」とよく言います。「僕らの仕事は、患者さんに貢献してなんぼ」だと。患者さんに貢献するには、自分一人の力では限界があります。看護師さんや技師さん、色々な人と共に歩むことが必要なのです。チーム全体で患者さんに、そして社会に貢献する…といったように、視野を広く持つことの重要性を伝えるように意識しています。
医局の忘年会で毎年話していることがあります。その年の手術件数が8千件であれば、「8千人の患者さんには家族がいる。全員が家に帰れているわけではないかもしれないけれど、仮に全員が4人家族だったら、3万2千人が皆に感謝しているはずだ。だからその感謝の言葉を代わりに伝えたい。どんなスーパースターも、一人で1年に3万2千人の役に立つことはできない。チームで協力し合うからこそ可能なことなのだ」と。チームで取り組むことの重要性や物事を俯瞰的に見ることの大切さは、日々の勤務をしていると忘れがちです。1年に1回、視野を広げることの大切さを思い出してもらうために、こういう発言をしています。
チームで学び合うための取り組み
――院内のチームで学び合うために、具体的にはどのような活動を行っていらっしゃいますか?
大:院内の各職種の中堅が集まるワークショップを開催しています。違う職種が顔をつき合わせ、病院内の組織課題などの「お題」について、答えが出るかどうかに関わらず、皆で話し合うのです。教室では年1回、昭和大学と関連病院の麻酔科医で、「我々のアイデンティティは何か」を考えるワークショップを行っています。
もちろん、なかなかうまくいかないなと感じることもあります。医師の中には、こういう医学の勉強以外のチームでの取り組みを恥ずかしがったり茶化したりして、子どもじみた行動に出る人もいます。「これをやって何の意味があるんだ」と結論を急ぐ人もいます。多職種が参加する院内研修の方がずっとうまくいくこともありますね。ですが、医師は基本的には皆真面目で、回を重ねるごとに意図を汲んで楽しむ人が増えたように思います。若い人の中には「今年はワークショップいつやるんですか?」と聞いてくるなど、強い興味を示す人もいます。チームスキルは、早くから学び、実際に活用するとより伸びるので、とても期待しています。
Interview 私のライフヒストリー
医師の仕事は「自力で60点」ではなく
「人と協力して100点」を目指すこと(後編)
他者と学び合う姿勢を身につけるには
――チームで取り組むうえで必要な、自分本位でない謙虚な態度は、どのようにすれば獲得できるとお考えですか?
大:それは、やはり「他者」と出会う経験ではないかと思います。私は麻酔科医なので、手術室やICUなど、多くの診療科や職種が入り乱れている場所で診療を行ってきました。そこで、麻酔科医である私が「こうすべきだ」と指示するのではなく、きちんと他者の意見を傾聴する経験を重ねてきたのだと思います。例えば、現場のある職種が違和感を覚えていたとします。スペシャリストでも理路整然と頭の中で論理が構築できる人は意外と少ないので、うまく表現できていないけれど、実際にはその奥に何か重要な問題が隠れている…ということは結構あります。それを解きほぐす作業を一緒にするという経験は多くありました。これが「他者」と出会う経験だったと思います。
また、MBA取得のために海外で勉強をした時に医療以外の業種の人と知り合ったこと、その後コンサルタントとして働いたことも大きかったと思います。多様な意見を聴きながら、徐々に相談者たちが自身で答えを見つけられるように導くこの仕事は、先ほど申し上げた新しいリーダーの役割に通じると思います。
自治医科大学で地域医療政策のポストを務めた際、様々な現場に出かけました。へき地で診療する医師と住民と共に、今、地域に何が必要なのかを議論をしたり、地域医療なのか地域社会なのか垣根がわからない分野のマネジメント手法を学んだりしたのは、今振り返れば大きな経験でした。
――学生のうちに「他者」に出会う経験を積むには、どうしたらよいでしょうか?
大:私自身の経験でいえば、大学時代は部活動などで他学部生との付き合いがあり、常に刺激を受けていたと思います。ここ昭和大学では、1年生は他学部の学生と同室で1年間の寮生活を送ります。そういう経験も非常に良いと思いますね。
地域の現場に出て行くのもいいですね。へき地や無医村に行ったり、訪問看護などの実習に行ったりすると、座学を離れて、色々と考えさせられると思います。
何より、正解がないことを考える経験はとても重要です。医学の授業は、正解があることを教える授業です。もちろん、薬や病気の知識がないと医師として働くことはできません。でも、すべての医学的知識にはその発見の歴史があります。誰かが「どうしてこんな病気があるんだろう?」と悩み、考えたから体系化されているわけであって、当初は「正解」ではなかったはずなのです。学生には、正解のない問いに悩み、考える経験を通じて「他者」に出会ってほしいです。
大嶽 浩司先生
昭和大学医学部
麻酔科学講座
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