医師と医学生の学び より良い医師を目指して
正解のない世界へ
本特集は、まず「勉強」と「学び」の違いについて考えることから始まりました。最後にもう一度、両者の違いを整理してみましょう。
「勉強」は、近代的な学校教育制度と関連が深い言葉です。近代の教育では、「真っ白な人の頭に知識を書き込む」というような学習観が前提とされています。知識や技術を実際に使われる文脈から切り離して抽象化し、それらを効率よく教え込むことが重視されました。どれだけ勉強したかを測るため、「正解」が用意されており、そこに個人が自助努力で近づいていくことが良しとされます。
それに対して「学び」は、そのような近代的な価値観に縛られていません。子どもは他者と関わるなかで言葉や文化を学んでいきますし、職人は「教師」に教わるのではなく、実践のなかで少しずつ技術を学び取っていきます。人が他者と関わり、状況のなかで何かを実践していく、その過程そのものが「学び」だといえるのです。そこには画一的な「正解」は用意されていません。
医学生の間、皆さんは「勉強」をすることが多いでしょう。医師国家試験や医学部で行われる多くの試験には、明確な「正解」が用意されています。皆さんは、その正解までたどり着けるよう日々努力しているはずです。しかし、ひとたび医師免許を取得して臨床の場に出たら、皆さんは「正解」のない世界へと放り出されることになります。
医療のあり方や、医療を取り巻く環境は、近年大きく変わってきています。超高齢社会の到来などで患者像は複雑化し、「臓器別ではなく全身を診る」「患者や家族の事情や気持ちを汲みながら全人的に診る」「退院後の生活まで考える」といったように、医療や医師に求められる役割は拡大しています。
どうすれば患者さんや家族にとって最善の選択ができるのか、画一的で明示的な「正解」はどこにもありません。一人ひとりの患者さんに向き合い、チームで協力して、より良いと思われる答えを出し、そしてその答えが本当に良いものであったかどうか、振り返って考え続けるしかないのです。
人は何のために学ぶのか
教育心理学者で、日本の認知科学研究の第一人者である佐伯胖は、自身の著書で次のように述べています。
「学ぶということは、予想の次元ではなく、むしろ希望の次元に生きることではないだろうか。『こういうことが、いついつまでにできるようになる』ことを目的とするのではなく、いつどうなるか、何が起こるかの予想を超えて、ともかくよくなることへの信頼と希望の中で、一瞬一瞬を大切にして、今を生きるということのように思える」*1。
皆さんは、何のために学んでいますか?試験に合格するため、学ぶのが楽しいから…など、様々な理由があるかもしれませんが、究極的にはやはり「より良い医師になりたいから」ではないでしょうか。より良い医師とはどんな医師か、これにももちろん「正解」はありません。皆さん自身、将来どんな医師になりたいのか、そのためにどのように学んでいきたいのか、自分なりに考えてみてほしいと思います。今回の特集が、皆さんのより良い学びへの一助となることを願っています。
*1…佐伯胖(1995)『「学ぶ」ということの意味』, 岩波書店,pp. 9-10
【第32号特集「他者に学ぶ、他者と学ぶ」 参考文献一覧】
・香川秀太(2011)「状況論の拡大:状況的学習、文脈横断、そして共同体間の『境界』を問う議論へ」『認知科学』18(4), pp.604-623
・木村元・小玉重夫・船橋一男(2009)『教育学をつかむ』, 有斐閣
・佐伯胖監修・渡部信一編(2010)『「学び」の認知科学事典』, 大修館書店
・佐伯胖(2014)「そもそも『学ぶ』とはどういうことか:正統的周辺参加論の前と後」『組織科学』48(2), pp.38-49
・佐藤公治(1999)『対話の中の学びと成長』, 金子書房
・城間祥子(2012)「学習環境のデザイン:状況論的学習観にもとづく学習支援(リレー連載 教育のゆくえ)」『教育創造』171, pp.46-51
・春田淳志・錦織宏(2014)「Ⅰ 医療専門職の多職種連携に関する理論について」『医学教育』45(3), pp.121-134
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