レジデントロード

番外編 特殊な使命を持つ大学の卒業生に聴く
【自治医科大学】増田 卓哉先生
(自治医科大学医学部附属病院 小児科)-(前編)

佐久間先生

――自治医科大学に進学した理由を教えてください。

増田(以下、増):中学生の時、可愛がってくれていた祖父ががんで入院したのですが、どういう顔をしたらいいかわからず、何かと理由をつけてお見舞いに行かなかったんです。1~2年経ってやっと顔を出したら翌日に亡くなってしまいました。「僕を待っていたのかな」と感じ、病に苦しむ人とも普通に会話ができる人になりたいと思うようになったことがきっかけで、医師を目指すようになりました。

私は栃木県出身ですが、自治医大は県内で非常に存在感のある大学のため倍率も高く、第一志望とは考えていませんでした。しかしいざ受かってみたら「病に苦しむ人と接する」という自分の思いと、自治医大の「地域医療」という理念が結び付くように感じ、入学を決めました。

――「自治医科大学を卒業するとへき地に赴任する」というイメージを持つ人も多いと思いますが、実際はいかがですか?

:必ずへき地勤務になるというわけではなく、各都道府県の事情によります。年次が早いうちから、島で唯一の医師として赴任するような県もあれば、都市部では、地域医療というよりはまず、人手の少ない診療科の医師や行政職として働くことが望まれるでしょう。栃木県の場合、卒業生が赴任する診療所は3か所あり、そこに勤務しない場合は基本的に地域の中核病院で働くことになります。出身地によって診療科の選択の幅や将来の働き方が大きく異なるため、自治医大を目指す人には、出身の都道府県が卒業生にどのような使命を課しているのか調べておくことをお勧めします。

――卒後は小児科に進まれたんですね。

:はい。医師は、患者さんの家庭の事情や社会的な背景にはなかなか関わりにくいこともあります。そのようななか、小児科は学会を挙げて「子どものバイオ・サイコ・ソーシャルすべてを診る」と自負しており、そのスタンスはとても魅力的でした。3~4年目に勤めた芳賀赤十字病院では、自分のそうした思いを理解してくださる指導医に恵まれ、患者さんとかなり密に関わることができました。

――具体的にどのような関わり方をしていたのですか?

:例えば、家庭環境が良くない子を外来で診たら、その後特に病気がなくてもフォローを続けました。また、家庭環境は世代を超えて連鎖してしまいがちなので、そのような環境で育った母親が出産した場合、赤ちゃんの予防接種の機会などを通じて、不適切な養育がなされていないかなどを確認していました。

当時、芳賀赤十字病院を中心とした県東地域で、保健師や児童相談所と連携して、子どもの養育が困難な家庭をフォローするシステムが立ち上がり始めており、私も少し関わらせていただきました。社会的なハイリスク妊婦がいたら、地域の保健師を通じて情報を共有し、家庭環境やリスクを洗い出して多職種で議論するんです。産後も一人の医師が続けて見ていき、気になる様子があれば共有します。このシステムにより虐待を発見できたケースは多くあります。

母親自身から「私、虐待しています」と連絡があり、幸い大事に至らないまま子どもを保護できた、ということもありました。私はその方の妊娠中から情報を把握し、産後すぐに「これから赤ちゃんを一緒に見ていきますね」と話しに行っていたんです。すると、毎月の予防接種の他、小さなことでも受診してくれるようになり、様子を見続けることができました。長きにわたり信頼関係を築いてきたことが実を結んだと感じました。