日本医師会の取り組み
介護保険制度の今後と医師の役割
医師の仕事は「介護」にも深く関わっています
制度の設立から20年の節目を迎える介護保険制度の今後について、江澤和彦日本医師会常任理事に聴きました。
介護保険制度の現在
――2000年4月に介護保険制度が施行されて今年でちょうど20年になります。まずは、介護保険制度のそもそもの成り立ちについてお聞かせください。
江澤(以下、江):かつて日本では介護は子や家族が行うものとされていました。ですが、高齢化の進展に伴い、介護を必要とする人の増加や、介護による離職が社会問題となりました。介護保険制度は、これらの問題を背景に、家族の負担を軽減し、社会全体で介護を支え合う共助の仕組みとして創設されました。
――具体的にはどのような制度なのでしょうか?
江:40歳以上になると、自身や自身の親の介護の必要性が増してくる年代ということで、介護保険料を負担することになっています。一方、介護保険制度の利用者は所得や資産に応じて介護サービスの費用の自己負担は1~3割となっています。現在、日本ではこの制度を606万人が利用しています。
医学の観点から見ると、介護保険制度を利用する人は、主に急性期や回復期の治療を終えて、生活期や維持期に移行した人たちです。そのような段階で必要な支援・介護サービスを、利用者の一定の自己負担のもと利用できるようにすることが、介護保険制度の大きな目的です。
介護保険制度のゆくえ
――介護保険制度の今後についてどのように考えていますか?
江: 20年続いた介護保険制度ですが、さらに20年間、この制度をこのまま運用し続けられるかというと、そこには様々な困難があるでしょう。
2040年までに予想されることとして、まずは2028年に日本人の平均年齢が50歳を超えます。2034年には介護保険の第1号被保険者*1(主に給付を受ける年代)と第2号被保険者*2(主に保険料を負担する年代)の人数が逆転します。そして2039年には、日本の年間死亡者数が166万人とピークに達します。介護保険の給付総額は毎年4~5%増加しており、現在では約11兆円にのぼっていますが、今後も財政がひっ迫していくことは明らかです。これからは「介護予防」「健康寿命の延伸」「地域包括ケアシステムの推進」「認知症施策」などの様々な面から、持続可能な介護保険制度の構築を目指していかなければならないでしょう。
――制度の設計自体を考え直す必要があるのですね。
江:はい。問題は財政面にとどまりません。高齢者が要介護状態になることを防ぎ、要介護状態になった場合でも、できるだけ住み慣れた地域で、その人らしい自立した生活を送ることができるよう支えることこそ、介護保険制度の重要な目的だからです。そこで現在、社会保障審議会介護保険部会などの場で、持続可能な介護保険制度の構築のための様々な方策が議論されています。日本医師会もその議論に関わっています。
「介護」の視点を持つ医師に
――医師会が制度構築のための議論に参画しているということですが、個々の医師は介護保険制度においてどのような役割を果たすのでしょうか?
江:医師の仕事は「医療」だけでなく「介護」にも深く関わっています。例えば、ある人が介護保険サービスを受けるためには、要介護認定を受けなければなりませんが、それには、ケアマネジャーや市町村職員による一次調査と、医師が記載する「主治医意見書」が必要になります。要介護認定の判定には、この意見書が大きく関係します。また、ケアマネジャーがケアプランを立てる際に、訪問看護や通所リハビリテーションなどの医療サービスをプランに組み込む場合も、主治医等の指示が必要となってきます。
――医師が介護に果たす役割は大きいのですね。
江:はい。しかし、このような認識は、医師たちの間で必ずしも広く共有されているとは言えません。例えば、主治医意見書は単にその人の疾患などを書くのではなく、「この人にどのような生活支援が必要か」「生活のなかで何に困り、自活のためにはどの機能を回復させなければならないか」といったように、その人のQOLを見据えて書かなければなりません。ですが、各都道府県医師会で開催されている研修会などでも、若手勤務医の参加率はかなり低いのが現状です。
――その原因はどこにあるのでしょうか?
江:これらの仕事は地域の診療所の医師の役目だと思われているのかもしれません。しかし、これからの超高齢社会では、どのような場所で働いていても、意見書の記入や医療サービスの指示出しといった仕事と無縁ではいられません。医学生にとっても遠い未来の話ではなく、専門研修の時期にもなれば、このような業務に関わる機会が増えてくるはずです。これからの医師には、介護の視点を持ちながら患者さんに接することを意識してほしいです。
――最後に、医学生にメッセージをお願いします。
江:薬を出すなどの「医学的処方」と呼ばれる行為に対して、「この人にはどのような社会的支援が必要か」と考え、サービスの設計につなげていく行為は「社会的処方」と呼ばれます。これからの医師には両方の視点が必要になります。臓器別に疾患を診るだけでは、「病気さえ治れば後は知らぬ存ぜぬ」になってしまいます。ですが、患者さんにとっては病気が治った後の地域での暮らしが重要なのです。介護、さらに患者さんの地域での「生活」をよく理解し、様々な支援につなげていける医師になってほしいと思います。
*1 第1号被保険者…65歳以上の人。介護保険サービスを受けるためには、要介護認定・要支援認定を受ける必要がある。
*2 第2号被保険者…40歳から64歳までの医療保険加入者。16種類ある特定疾病のいずれかに該当していて、要介護認定・要支援認定を受けている場合に限り、介護保険サービスを受けられる。
江澤 和彦日本医師会常任理事
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