医師への軌跡
医師の大先輩である先生に、医学生がインタビューします。
留学で広がった視野と日本の医療を担う誇りを胸に
下田 和孝
獨協医科大学精神神経医学講座 主任教授
獨協医科大学病院臨床研修センター センター長
身をもって知った日本との違い
野島(以下、野):先生は、留学が今ほど一般的でなかった頃に、アメリカとスウェーデンへの留学経験がおありですね。
下田(以下、下):親戚に医学部教員が多く、大学入学前からよく海外経験の話を聞いていたので、自分もいつか留学したいと思っていました。大きな志があったというより、アメリカでの生活に憧れを抱いていたのです。留学において動機は何でもいいと思っています。大切なことは、与えられたテーマをとにかく一生懸命勉強することですから。
野:アメリカでの日々はいかがでしたか?
下:留学先のノースカロライナでは、臨床の業務がなかったため、ひたすら論文に専念できましたが、生活は苦労の連続でした。買い物をするにしても銀行口座を作るにしても、言葉の壁は思ったより大きかったですね。失敗も色々とありました。スーパーでcat fish と書かれた魚をヒラメだと思ってムニエルにしたら泥臭くて食べられたものではなくて、辞書で調べてそれがナマズだったことに初めて気付いた(笑)ということもありました。
野:医局の体制も日本とは異なるでしょうね。
下:専門分野が細分化されていて、スタッフの数も多かったです。その代わり、ラボの責任者は申請書類をたくさん書いて、自分とスタッフ全員を養うため莫大な額の研究費を獲得する必要があります。研究費が切れたらすぐに解雇されるという厳しい環境でした。日本とはあまりにも研究体制が異なっているので、「勝てない」と思いました。
しかし、医療サービスの観点では、日本の方が優れていると感じました。息子が骨折して大学の付属病院に行った時、たらい回しにされて迅速には治療してもらえなかったうえに、高額な治療費を請求されたことが印象に残っています。
その数年後のスウェーデン留学の際にも、医療サービスの違いを実感しました。息子が雪合戦で友達に怪我をさせてしまい、その子を病院に連れて行ったら、クリスマス休暇の時期で医師があまりいなかったのです。少し額を切っただけの怪我だったこともあり、診察を待つ間に出血が止まってしまいました。スウェーデンでは、住民登録すれば外国人でも無料で医療サービスを受けられますが、休暇シーズンには医師が病院からいなくなってしまいます。この国で急病になったらどうなるのか、不安に駆られましたね。
こうした経験から、日本の医療体制は世界に誇れるものだと思いました。これは、自分が実際に経験しなければわからなかったことだと思います。
留学経験で得られるもの
野:留学経験はその後の人生にどんな影響を与えましたか?
下:生活や考え方の違い、失敗さえも楽しめるようになりました。また、海外でははっきり言わないと察してくれませんから、自己主張の癖もつきましたね。
野:医学生は内向的な人が多いので、留学をして自己主張の方法を身につけても、日本に帰ってから再び周囲と調和していけるか、不安だという人もいるのではないかと思います。
下:留学した人の誰もが、日本で煙たがられるような自己主張をするわけではありませんし、日本人でも、はっきり言われるのが苦手な人もいれば、話が早いと歓迎する人もいます。いいとこ取りをすれば良いと思いますね。
外国に行くと、様々な人に助けてもらえますし、そこで広がった人脈が後に生きてくることも多々あります。留学はお金がかかるし暮らしが不自由になるといった印象がありますが、それ以上のものがたくさん得られ、考え方の幅が広がります。皆さんも、機会に恵まれたなら、ぜひ行ってみてほしいですね。
下田 和孝
獨協医科大学精神神経医学講座 主任教授
獨協医科大学病院臨床研修センター センター長
1983年、滋賀医科大学医学部医学科卒業。同大学大学院医学研究科博士課程修了後、精神医学講座助手となる。1988年、ノースカロライナ大学精神科に文部省(当時)在外研究員として1年間留学。1995年、カロリンスカ研究所付属フディンゲ病院臨床薬理学教室に日本臨床薬理学会海外研修員として留学。2007年より獨協医科大学精神神経医学講座主任教授。
野島 大輔
獨協医科大学医学部 6年
今回下田教授にお話を伺って、留学という経験がその後の人脈や人生を彩るということに改めて気付かされました。そしてユーモアに富んだ人間になれるということ、これが一番魅力的だと思いました。僕も留学経験があるのですが、この先の人生で再び海外へ行くきっかけと巡り合ったら、迷わずその世界に飛び込もうと思います!
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