第6話 将来医師になる皆さんへ

 

 

医学生の皆さん、特に高学年の人たちの多くは、まんがの安田くんのように、大学の授業で地域の医師会から来た先生の講義を聴いた経験があるでしょう。しかし、医師会のしていることが遠い世界のように感じ、あまり興味を持てなかった…という人もいるかもしれません。

この特集を通じて医学生の皆さんに伝えたいメッセージは、「目の前の患者さんにとってより良い医療とは何か」を常に考え、最良の答えを模索し続ける医師になってほしいということです。その過程で、もし自分一人では解決できない壁にぶち当たったときは、医師会の存在を思い出してください。

医師会は三層構造を活かし、国に政策等を提言することから、地域それぞれのニーズに合わせた医療を提供することまで、実に幅広い取り組みを行っています。もし皆さんが将来、「より良い医療のために、こういう制度を作りたい」「こういった活動を広めたい」と思うようなことがあったら、医師会がそれを聴き取ることで、実現に結びつくかもしれません。また、皆さんが「今の働き方を続けるのが困難だ」「一度診療から離れてしまったが復帰したい」などと思ったら、医師会の事業や医師会員同士のネットワークがそれを全力でサポートします。

医師のプロフェッショナル・オートノミーと社会的使命を自覚し、尽力するチームメイトを、医師会はいつでも歓迎しています。

 

Column 北里柴三郎(1853〜1931)について

日本近代医学の父として知られる細菌学者・教育者。大日本医師会(日本医師会の前身)初代会長。弟子たちからは「ドンネル(ドイツ語で「雷親父」の意)先生」と呼ばれ親しまれた。

「医の基本は予防にある」という信念のもと予防医学を志し、熊本医学校・東京医学校で学んだ後、内務省衛生局に勤務。1886年ドイツに留学。近代細菌学の開祖とされるロベルト・コッホに師事し、破傷風菌の純粋培養や破傷風菌抗毒素の発見、ジフテリアと破傷風の血清療法の確立など多大な功績を上げる。帰国後は福沢諭吉らの援助を受け、現在の東京大学医科学研究所の前身である伝染病研究所(私立、後に内務省管轄)を設立。日本の細菌学・伝染病研究の進展に大きく貢献する傍ら、野口英世や志賀潔などの後進の研究者を輩出した。

1894年にはペストのパンデミックが起こった香港へ渡り、ペスト菌を発見する。1914年、国立伝染病研究所を辞し、私費を投じて北里研究所を設立。1916年、医師による初の全国統一組織である大日本医師会の会長に就任。1917年、慶應義塾大学に創設された医学科の科長に就任し、その後顧問となってからも終生発展に寄与した。