バックヤードチーム(前編)
チームが設立された経緯
――バックヤードチームが結成された経緯について教えてください。
藤田(以下、藤):当院では4月から新型コロナウイルス陽性の入院患者さんを受け入れました。いざ患者さんが来てみると、一人の患者さんに通常の5倍以上の人手がかかるということがわかりました。特にケアの部分で人手不足になり、主に看護師などにしわ寄せが来るようになりました。
それに伴い当院では、4月中旬から通常診療をかなり絞り込み、救急や手術を止めて、人手を浮かせる方針を取ることになりました。私たち整形外科は新型コロナウイルス感染症の診療に直接関わらないこともあり、徐々に手が空きました。そこで教授の声掛けにより、整形外科医を中心に手の空いた医師でバックヤードチームを結成し、新型コロナウイルス感染症診療の最前線にいる人たちをバックアップしようということになったのです。
――バックヤードチームは、具体的にはどのような役割を担われたのですか?
藤:具体的に何をやってほしいという指示はありませんでしたが、当時は皆が目の前のことで精一杯で、誰の仕事でもない仕事が大量にこぼれ出てきました。普段ならそういった仕事も誰か気付いた人が拾うのですが、その余裕もなかったため、バックヤードチームはそれらを一手に引き受けました。私は、チームに舞い込んできたあらゆる仕事を整理し、李先生など若い先生に割り振っていました。
李:まず、スタッフ全員が自分たちの身を守りながら診療に参加できるようになるために、PPE *の正しい着脱方法を周知する必要がありました。当初はICUの先生が着脱講習を行う予定だったのですが、ICUの先生は患者対応で忙しかったので、私たち若手医師が主体となって方法を教わり、その後600名程のスタッフに着脱講習を行いました。当時はPPEが不足していたため、できるだけ少ないPPEで効率良く練習できるよう工夫しました。
現場での不安とやりがい
――印象に残った業務はありますか?
李:患者さんの搬送やICUの清掃はやはり印象的でした。重症化した患者さんを目の当たりにすることになり、心理的な抵抗はなかったと言ったら嘘になってしまいますが、ICUの医師や看護師の業務が滞りなく行えるように立ち回っているうちに、自分たちが少しでも役に立っていると実感することができました。
藤:当時はまだ新型コロナウイルス感染症に関する情報も乏しく、自身が感染するのではないか、家族や周囲の人がどう思うかなど様々な不安がありましたから、「なぜ自分たちがこの仕事をしなければならないのか」という声も聞かれました。私も仕事を割り振る立場として、若い先生たちにこの仕事をさせて本当に良いのだろうかという葛藤もありました。しかし、最前線の一番大変なところで毎日働いている医師や看護師がその仕事に専念できるように、少しでも負担を軽くしてあげなければ、病院が持たなくなってしまうとも感じていました。
また、実際にバックヤード業務を行ってみると、医師や看護師からとても感謝されたのです。それで皆が徐々に前向きになっていったと思います。
*PPE…個人防護具(Personal Protective Equipment)。ガウン・エプロン・マスク・ゴーグル・フェイスシールド・手袋などのことをいう。
バックヤードチーム(後編)
他科や他職種との関わり
――他科や他職種とはどのように協働されたのでしょうか?
藤:大学病院は縦割りなので、普段は他科と関わりを持つ機会はなかなかありません。そのためバックヤードチームの立ち上げにあたっては、まずは整形外科のスタッフが仕事をできる状況をしっかり作って、それからだんだん他科の先生にお願いするという形でチームの参加者を増やしていきました。また、現場に出てくるのはどうしても若い先生が多くなるため、上の先生にもしっかり関わってもらい、科全体で取り組んでいくという雰囲気を作っていただけるようにお願いしました。どの科も状況を理解し、快く引き受けてくださいました。
現場では、若い先生たちは皆フットワーク良く、気持ち良く動いてくれました。看護師や他科と摩擦を起こすこともなく、お互い必要なことを拾い合ってくれました。
李:ICUの清掃の際など、診療の邪魔にならないようにする必要がありましたので、現場の看護師さんとは業務内容や時間帯についてこまめにコミュニケーションをとり合っていました。
藤:病院内の状況が刻一刻と変化するなかで、バックヤードチームの業務内容もどんどん変わっていきました。私のところに連絡が来る前に変わってしまうこともありましたが、若い先生たちは現場で他職種と話し合いながら、何が最善かをちゃんと判断して動いてくれました。
李:現在、少しずつ通常業務が増えていますが、その場その場で判断しなければならないことがあるので、今回の経験が活かされていると思います。また、他科の先生ともバックヤードチームで直接関わったことで、一緒に仕事をしているという実感を持てるようになりました。
藤:医師は日頃、自分の専門分野の業務に集中できるように、組織が最適化されています。しかし今回、例えば診療放射線技師や病院事務など、普段はあまり関わることがない様々な職種の方々と関わるなかで、こういう方々のおかげで病院が回っているのだと実感しました。医療者として、病院で働くというのはどういうことなのかを改めて考えさせられましたね。
――最後に、医学生へのメッセージをお願いします。
李:私はついこの間まで学生で、自分が医師として診療するようになることになかなか実感を持てずにいましたが、今回バックヤード業務を行ってみて、「思った以上に医療に関わっているな」と感じるようになりました。
藤:今回のことは、一生に何度も経験するような出来事ではありませんが、このような非常時にこそ「何を目指してやっているのか」ということを見失ってはいけないと思いました。医師を目指す皆さんは、これから「自分がすべてを背負って立つ」という感覚があるかもしれませんが、医師は様々な人に支えてもらって成り立つ仕事だということを知っておいてほしいです。
バックヤードチームとは
東京医科歯科大学医学部附属病院では、4月2日から新型コロナウイルス陽性患者を受け入れました。これに伴い、大川淳先生(理事・副学長/整形外科学教授)の呼びかけで、整形外科など新型コロナウイルス感染症の診療に直接関わることのない診療科の医師を中心に「バックヤードチーム」が結成されました。
バックヤードチームは、清掃や患者搬送、電話対応や書類作成など、様々な非医療業務を担当し、新型コロナウイルス感染症診療のサポートを行いました。特にICUの清掃は、平時には民間の清掃会社が請け負っていましたが、これらの業務を請け負ってくれる業者がなかなか見つからず、また清掃員からの感染拡大の危険性もあると考えられたため、バックヤードチームの重要な業務となりました。
今回お話を伺った先生
藤田 浩二先生
東京医科歯科大学医学部附属病院
整形外科・医局長
李 昇炫(り すんひょん)先生
東京医科歯科大学医学部附属病院
整形外科
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