先輩医師インタビュー
田原 克志 (医師×医系技官)

求められるのはバランス感覚と長期的な視点-(前編)

臨床現場や「医師」という仕事の枠組を超えて、様々な分野で活躍する先輩医師から医学生へのメッセージを、インタビュー形式で紹介します。

田原 克志
1989年九州大学医学部卒業。医系技官として厚生省(当時)に入省後、福岡県衛生部医療指導課に赴任。2002年に厚生労働省医政局医事課に配属、臨床研修制度の設計に携わる。岡山県保健福祉部長、医政局医事課医師臨床研修推進室長を経て、現在、医政局医事課長。


公衆衛生との出会い 地域保健の最前線

大学在学中、公衆衛生の課題研究で成人T細胞白血病を扱った。この病気の原因となるのはHTLV-1というウィルスで、九州地方にキャリアが多い。このウィルスは母子感染が主な感染経路であり、感染を防ぐためには母乳でなくミルクで子どもを育てるように指導するなどの行政的な取り組みが必要だ。当時長崎県が対策に力を入れており、母子感染対策の取り組みを行っている行政の現場を訪れたり、長崎大学の衛生学の先生の話を聞いたりするなかで、田原氏は行政による感染対策が大きな効果を発揮する疾患もあると実感した。臨床だけでなく、行政の立場から医師として多くの人の健康を支えるという仕事に魅力を感じ、大学卒業後に厚生省(当時)に入省した。

「当時は医系技官として入省すると、まずは保健行政の現場を知るために地方の保健所に行くことになっていました。そこはまさに健康づくりや感染症対策の最前線。医師免許をもつ医系技官が大きな役割を担うことになります。」

医療機関で一人ひとりの患者を診ることが重要なのは言うまでもない。しかし同様に、住民と接しながら地域全体の疾病予防や健康づくりに働きかける仕事も欠かすことはできない。地域の取り組みに関わることで、制度が市民の健康維持・増進にどうつながるのかを実感する機会にもなった。

「結核やO-157などの感染症が発生すると発生源を特定し対処します。さらに拡大防止のための検査をして、住民が不安を感じないようにしっかりと説明をしていく必要があります。地域の人口や疾病の構成を踏まえて対応を考えるなど、医学的な観点から公衆衛生に関わっていくのが私たち医系技官の役割です。」


先輩医師インタビュー
田原 克志 (医師×医系技官)

求められるのはバランス感覚と長期的な視点-(後編)

制度の設計は連立方程式を解くようなもの

本省に戻ると、今度は国としての制度設計に関わるようになる。健康づくりや感染症対策とは違い、対象や問題がはっきりとは見えない世界だ。制度という形のないものを作っていくのは、どのような営みなのだろう。

具体例を挙げると、田原氏は2004年に始まった医師臨床研修制度の設計に携わった。臨床研修の導入以前、研修医は給料が低かったためアルバイトをしなければならず、研修に専念できなかった。また卒業後すぐに医局に入ることが多かったため、研修中に幅広い診療科を経験することができず、基本的な診療能力を身に付けられないケースがあった。制度導入にあたっては、これらの問題を解消するように各方面からの要請があったという。

「臨床研修制度の検討にあたって、現場の医師や大学関係者、地域医療の従事者、さらには制度導入によって医師不足が起こるのではと懸念を持つ方にも議論に参加してもらいました。それぞれの立場によって意見が異なるような論点もあるなかで、ちょうど連立方程式を解くように、バランスを取りながら案を作っていきます。骨の折れる仕事ではありますね。」

そうやって、今の20代から30代の若い医師たちが受ける臨床研修の制度作りは、主に50代から60代の医師たちによって行われた。若い人たちから見れば、ずっと上の世代が自分たちの育成制度を作ることに違和感があるかもしれない。しかし、長期的なスパンで制度を考えていくことが重要だと田原氏は考えている。

「制度の構築に当たっては、全体を見渡す広い視野が必要であり、様々な経験を踏まえた視点が必要になります。若いうちは目の前の問題の解決にこだわりがちですが、20~30年後には、制度全体や国民生活の中で問題解決を図る方法を考えるようになるでしょう。今、医学生の皆さんが、それぞれの立場で経験を積み、20~30年後に制度の設計に関わることを期待します。様々な現場の視点を踏まえて制度を構築することが、次の世代の学生や若手が受ける教育を良くしていくことにつながるんです。」

医療に対する国民の不信感を払拭したい

「近年、医師不足や医療ミス等の問題が数多く報道されており、我が国の医療に対する国民の信頼が低下しているとも言われます。そうした不信感を払拭し、信頼を確保するのも厚生労働省の、そして医師としての課題だと思います。」

医療への信頼を回復するためには、臨床研修制度はもちろん専門医などの制度を拡充することによって、医師の質を高めていくことが重要なアプローチだ。既存の制度についても、より時代と国民の要請に合ったものにするために、継続的に検証を重ねることが求められる。臨床研修制度についても、2015年の臨床研修への適用に向けて改定の議論が大詰めを迎えている。

制度の向こうに国民を感じて

ともすれば国民からの批判の矢面に立つ厚生労働省の職員としての役割を、時として重いと感じることはないのか。田原氏に仕事に臨む上での心の拠り所をたずねた。

「臨床の仕事はもちろん、保健所の仕事も制度作りも、国民の健康を守るという意味では同じです。私自身は医師として臨床に携わった経験はありませんが、医療への思いは臨床現場で頑張っておられる先生方と同じだと思います。制度の向こう側に患者、そして国民がいる。制度を通じて国民に寄り添うというこの仕事に対しては、誇りを持っています。」


★医系技官募集

厚生労働省は医系技官を志す医学生向けに毎年業務説明会やインターンシップを行っています。医系技官に関心のある方は、http://www.mhlw.go.jp/general/saiyo/ikei/index.htmlにアクセスしてみて下さい。


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