BOOK-書評-

夫の死から5年、妻が最後の時間を見つめ直した記録

作者の夫であり著名な歴史小説家である吉村昭の、癌を発病してから亡くなるまでの経過を淡々と叙述した手記的な小説。

「夫」に早期の舌がんが見つかる所から話は始まる。放射線治療を受けるが、1年後に今度は膵臓がんが発覚。手術するも進行は予想以上で、膵臓のみならず十二指腸も全摘せざるをえなかった。

次第に死を強く意識し始める夫と、強い不安を感じながらも仕事に追われ、夫の死が迫ることを受け止めきれない妻。共に小説家として生きた「戦友」としての絆は描かれるが、作者はどこか、夫が妻としての自分に心を開いてくれないように感じてしまい、「小説を書く女なんて最低だ」と自らを責め、後悔する場面も見受けられる。

同じ小説家を生業とし、互いを応援しつつライバル意識も持っている作者夫婦の関係は、医師同士の夫婦のそれにも通じるものがあるかもしれない。そんな複雑な夫婦の最後の時間を、静かに余韻まで味わって欲しい作品である。

『紅梅』津村 節子/文藝春秋/1,200円

医師は強くなくてはいけないのか?

10歳の時に母が統合失調症を発症し、両親の離婚などの苦労を経て医学部に入った著者。しかし、精神科の授業では病気について遺伝性などの残酷なまでの事実を知ることになる。在学中に精神的に不安定になった著者は摂食障害やリストカット、自殺未遂を経験しながらもなんとか卒業し、「拾われた子犬」のような形で精神科の医師になった。

根強い偏見のため、母が統合失調症であることや、自分の生い立ちは隠しながら「心を閉ざし、何も考えずに淡々と」診療していた。そのような著者が人々との出会いや関わりあいの中で時間をかけて自身や母に向き合い、それまで隠し続けていた経緯を出版するに至る「回復への道のり」が語られる。

上司に「医者の弱さを患者さんに見せる行為を私は許さない」と言われながらも母や自身の自殺未遂を公表し、同じ人間として患者さんと関わろうとする著者の、凛とした医療者としての姿勢には考えさせられるものがある。

『心病む母が遺してくれたもの〜精神科医の回復への道のり〜』夏苅 郁子/日本評論社/1,365円

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