深夜の病棟で、ベッドに横になってみる。
目を閉じると、カーテン越しに聞こえる苦しそうな喘鳴、
微かに響き続ける機械音、遠くの階段の足音。
静けさを破るいびきの音に驚いて目を開けると、
暗闇に慣れた目に無機質な天井が覆いかぶさってくる。
廊下から漏れ入る蛍光灯の明かりの筋が、やけに眩しい。
一昨日の夜までこのベッドに居たおばあさんは、
人生最後の2か月をここで過ごしたそうだ。
隣県に住んでいる娘さんが頻繁に見舞いに来ていたが、
夜は独りだったらしい。
もちろんナースコールを押せば看護師さんが来てくれるし、
急変に対応できる設備も整っている。
しかし自分なら、最後の2か月間をこのベッドで過ごし、
見慣れぬ天井の下で、最後の夜を迎えたいだろうか。

病院を離れ、家に帰る。
お世辞にも綺麗とは言えないが、やはりここは自分の居場所だ。
服を脱ぎ捨て、寝慣れたベッドに疲れた身体を横たえる――。

昨今、在宅医療のニーズが高まっています。厚生労働省の調査によると、約63%の人が終末期の療養場所として自宅を希望しています。また、2025年には29万人が在宅医療を必要とするという試算もあります。しかし実際には、死亡者の約8割が病院で亡くなっており、最後の時間を病院のベッドで過ごす人が多いのが現状なのです。

国や医療界も、このニーズに対して手をこまねいているだけではありません。今世紀に入ってからは、介護保険の創設をはじめ、在宅医療に関する様々な制度が整備されてきました。在宅支援診療所・病院も着実に増え、在宅医療の提供体制は確実に進展しています。

医学生のみなさんが臨床の最前線で活躍する頃には、専門領域や働く機関を問わず、多くの医師が何らかの形で在宅医療に関与することになります。その時のためにも、在宅医療の意義や全体像を学生のうちから知っていてほしい――、そんな思いで今回の特集は組まれています。


【取材協力】日本プライマリ・ケア連合学会(若手医師部会)/福島県立医科大学医学部 地域・家庭医療学講座/喜多方市 地域・家庭医療センター/竹田綜合病院/福島県医師会/会津若松医師会/喜多方医師会/医療法人博愛会頴田病院/医療法人松口循環器科・内科医院/飯塚市医師会

【登場する先生方】武田仁先生(喜多方市地域・家庭医療センター)/髙栁宏史先生(福島県立医科大学)/渡邉睦弥先生(竹田綜合病院)/吉田伸先生(頴田病院)/金城謙太郎先生(頴田病院)/茂木千明先生(頴田病院)/大杉泰弘先生(頴田病院・松口医院)/松口武行先生(松口医院)/加藤光樹先生(松口医院)

「資料1 在宅医療の最近の動向」