医学生×美大生 同世代のリアリティー

芸術の分野で生きる 編-(前編)

医学部にいると、なかなか同世代の他分野の人たちとの交流が持てないと言われます。そこでこのコーナーでは、医学生が別の世界で生きる同世代の「リアリティー」を探ります。今回は「芸術の分野で生きる」をテーマに、美術大学に通う3名(美大生A・B・C)と、医学生3名(医学生D・E・F)の6名で座談会を行いました。

今回のテーマは『芸術の分野で生きる』

医師とはまた違った専門性をもつ「作家」や「クリエーター」を目指す美大生。全く異なる世界のように見えますが、その学生生活や将来への展望には医学生と似たところも少なくないようです。

ファイン系とデザイン系?

医D:美大というと、絵を描くのかな、くらいのイメージしかないのですが、大学ではどんなことをやっているんですか?

美A:美大といっても様々な学科があって、絵画や彫刻などの作品を作る「ファイン系」と、紙面・空間・建築・映像などのデザインを扱う「デザイン系」という2つの系統に大きく分かれています。私は油絵学科なので、ファイン系です。

美B:私も同じく油絵学科です。将来は地元に帰って美術の先生になりたいと思っているので、教職の授業も取っています。

美C:私はデザイン系です。工芸工業デザイン学科というところで、カーテンなどの布地のデザインを専攻しています。

医E:美大を受験しようと思ったのはいつですか?

美A:私は小学校2年生の時から近所の絵画教室に通っていたこともあり、絵を描くのが大好きで、中学生の頃には何の迷いもなく美大に行こうと決めていました。美術系予備校の近くの高校を受験して、高校に通いながら毎日その予備校で絵を描いていましたね。

美B:私が美大受験を決めたのは高校のときです。当時は音楽と美術を掛け持ちしていて、どっちの道に進もうか迷っていました。部活は音楽系で、強豪校だったから、音大に行く人も多くて。ただ、音楽はやっていてつらかった。対して美術は、時間も食事も忘れて没頭できたんです。これは一生やっていけるっていう証拠なんじゃないかと思って、美術を選びました。

医F:やっぱり「絵が好き」っていう気持ちが強いんですね。逆にデザイン系は、中学・高校のときに、どんなことをするのかイメージしにくいんじゃないでしょうか?

美C:そうですね。私ははじめ美大を目指してはいませんでした。ただ、高校に入ったときには「ものづくりがしたい」という漠然とした目標がありました。それで工学部を目指したんですが、私は理系科目がとても苦手で先生にも無理って言われて…。どうしようかなと思っていたら、親が「美大でもものづくりはできるよ」と教えてくれたんです。それで美大を受験しました。

美大生のキャリア ~作家か、就職か~

医E:美大を出た後は、どんな働き方をすることになるんでしょうか?

美A:ファイン系は、やっぱり作家を目指す人が多いです。医学生は大学に入る時点で医師になるって決めているんだと思うんですけど、私たちのなかには、「絵が好きで、自分にはそれ以外ない」という感覚で美大に来る人が多いので、働くということを真面目に考えている人はあんまり多くないですね。

美B:油絵学科は入学するとまず「あなたたち、就職先なんて本当に全然ないよ」って言われるんです(笑)。私たちも、絵を描いて生きていくにはどうすればいいかという考え方なので、無難なところで教員免許を取る人は多いですね。作家になれなくて、就職もできなかったときに、免許さえ持っていれば美術の先生ができるから…と。

美A:高校時代は、周りの人はほとんど一般の大学を目指していたので、私たちって特別な存在だったんです。でも美大に入ってみると、周りもみんな作家を目指している。そういう中にいたら、「自分はなぜここにいるのか」をすごく考えさせられましたね。私は考えた末、生活していけるかどうかわからない作家を目指すより、就職したほうが向いてるんじゃないかと思いました。来年からは美術系の専門学校の運営部門で働く予定です。

美C:デザイン系は少し感覚が違って、美大に入った時点から将来を意識している子が多いと思います。家具や車といった商品のデザインなら、一般企業に就職することもできるので、やりたいことをやりつつも食べていけるんじゃないかと。私は来年からインテリアのファブリックを作る会社に就職することが決まっています。

同世代のリアリティ

医学生×美大生 同世代のリアリティー

芸術の分野で生きる 編-(後編)

『ハチクロ』と現実は違う

医F:ハチクロ(編注:美大が舞台の漫画『ハチミツとクローバー』の略)を読んだんですけど、やっぱり学内で恋愛したり、仲間と一緒に自分探しをしたりって感じなんですか?

美B:いやあ、現実はハチクロとは全然違いますよ! あんなにほんわかしてない~(笑)。

美C:実際に学内恋愛ってすごく少ないです。そもそも女子の割合がとても多いし、男子はいつも襟元がよれたTシャツとか、つなぎとか、パッとしない服装してるから、現実を見ちゃうと、ちょっとね(笑)。

美A:でも、確かに自分探しをする人は多いかもしれないです。美大ってすごく時間に融通が効くし、かつ将来の保証がなくて不安だから、常に「自分って何なんだろう」って考えてばっかりいる。必然的に自分と向き合わざるを得ないんですよね。

医D:そこは、毎日勉強に追われて他のことを考える余裕がない医学生とは、かなり対照的ですね。

医F:ちなみに、学内恋愛がありえないとなると、美大生はどんな相手と付き合うのが理想なんですか?

美A:夢っていうか、究極に楽な人生の過ごし方だなって憧れるのは、大金持ちと結婚すること(笑)。「ここ、今から君のアトリエにしていいよ」って言われて、作家活動と家事と子育てだけやっていればいいような。

美B:理想だね!

医D:うちは父が画家で母が医師なんですけど、父の生活はまさにそんな感じでしたよ。家事だけして、あとはずっと絵を描いてた。案外、医学生と作家気質の美大生の合コンとかやったらいいのかも。

美A:確かに! それこそ学校ぐるみでやってもいいかもしれないですね(笑)。

評価基準が曖昧な世界

医E:ハチクロもそうですが、入学してみて、それまで美大に抱いていたイメージと違ったことはありましたか?

美B:自分の絵を描きたくて美大に入ったのに、実際には教授が気に入る絵を描かないと評価されないっていうギャップはありました。正解がないというか、点数がつけられない世界だなと実感しますね。

美C:デザイン系も、何が評価基準なのかわからないことがあります。教授の考え方次第というか。提出期限に間に合った人よりも、遅れて提出した人の評価が高かったりもするんです。どうやって評価しているのか公開してほしいと思ったことが何度もあります。

医E:医学部もそういうところがあって、うちの大学は試験の答えを公表しないんです。最新の医学ではどれが正解かわからない…という問題があったりするのですが、正解は教えてもらえない。診療ガイドラインと授業の説明が食い違っていたこともあります。

美A:医学の知識って、答えがはっきりしていそうなのに、意外と私たちと同じような曖昧さに悩んでたりするんですね。

コミュニケーション能力も必要

医D:今の話を聞いてて思ったのは、大学の先生ってスペシャリストなんですよね。大学にいても、教えることが本職なわけじゃなくて、美術なり医療なり、自分の分野を極めている。これは美大も医学部も同じなんじゃないかなと思います。

美B:確かにそうですね。技術的なことは指導してもらえるけれど、自分の売り出し方や、作家として活動していくための人脈の築き方などは全然教えてもらえない。技術だけじゃなく、実際に卒業後に活かせることをもう少し教えてもらえたらいいのにと思うことはあります。

美C:でも結局この世界って決められたレールがないから、自分から動かないと何も起こらないんですよね。そのためにも、コミュニケーション能力やプレゼンテーション能力が本当に必要だと思います。

医F:医師も専門知識だけでなくコミュニケーション能力が大事だと言われます。けれど医学生の中にも、外とのコミュニケーションが苦手っていう人が少なくないですね。

医E:そういう人が研究の分野に進んだりするけど、研究発表にはプレゼンテーション能力が必要。結局、外とのつながりを遮断して、医療という枠組みの中にとどまっているだけでは、何もできないんですよね。

美A:私たちの業界も、どうしても専門家ばかりが集まって評価しあうような状態になってしまっているので、もっと公共の場などにアートを取り入れて、違う業界とつなげていくことができたら、様々な可能性が生まれるんじゃないかなと思っているんですけどね。

医D:やっぱり、自分たちの枠の中で閉じこもらず、どんどん外の世界を知ることが大事なんじゃないかなと思います。学生の時点で既に医学生以外の子たちと縁遠くなっちゃってるのに、医師になって急に「患者さんを中心としたチーム医療をやりましょう」なんて言ってもできるわけがないですからね。そういうギャップを埋めていくためにも、学生のうちにいろいろな活動をして、価値観を広げたいなと思っています。今日は自分たちとは違う分野の美大生と話ができてよかったです。

一同:ありがとうございました。

* この記事は、今回お話を聞いた美術大学の学生に即した一例です。