医学教育の展望
救急を基盤とした研修で大学と市中の両方を経験-(前編)
患者を選ばない医師を育てていきたい
臨床研修の必修化以降、「研修医の大学病院離れ」が話題に上がることが多く、特に地方の大学病院のマッチング率はおしなべて低い。そのような状況において、和歌山県立医科大学附属病院(以下、和医大病院)は、地方医科大学の附属病院としては異例の人気を誇っており、2012年度は114の大学付属病院の中で9位にランクインしているのだ。なぜ和医大病院はこのように研修医から支持を得られるのか、和医大の臨床研修にはどんな特長があるのか、卒後臨床研修センター長である上野雅巳先生にお話を伺った。
研修医の声に応えた自由度の高いシステム
「センター長になることが決まり、研修システムの構築を任された私は、まずは実際の研修医がどんな研修をしたいと思っているのか、現場の声を聴き取ることから始めました。全く新しいことを始めるにあたっては、『答えは現場にある』と考えていたので、研修医の生の声を聞くことを第一に考えたのです。すると、もっと自分で考えて計画を立てながら、自由にいろいろな科を回りたいという声が圧倒的に多かった。大学側の都合でローテートの順番を決め、研修開始時点で2年間の計画が全て決まっているのでは、研修医の興味の変化に対応できない。臨床研修は様々な経験をして、感じたり考えたりできる貴重な時間なので、無駄にすることがないよう、できるかぎりフレキシブルな研修の仕組みを構築しようと考えました。そこで、必修分野で最低限の知識や技術を身につけることを保証し、あとは幅広い選択肢を設けて、自由に選べる体制にしたのです。」
各科と協力病院が競い合い質の高い研修をつくる
とはいえ、研修内容の自由度を高めるのは簡単なことではない。診療科や協力病院によって研修医の数に大きな偏りが出ないよう、多くの大学では回る診療科・病院を決めてローテートする形を取っている。和医大では、自由度を高めることで偏りが生じないのだろうか。
「もちろん、診療科や病院によって人気の高い所も低い所も出てきます。でも、私はそれでいいと思っています。研修医にどんどん来てもらって活性化したい診療科や病院は、教育体制を充実させ、研修医の満足度を高めればいいのです。実際に競争原理が働くことによって、それぞれの診療科や病院が切磋琢磨しながら研修・教育の充実を図っていると感じます。紀伊半島の南端にあるような協力病院でも、研修内容が魅力的という評判が立てば、多くの研修医が希望するようになる。そうやって、立地や伝統にとらわれずに『良い研修・教育』を行う所が評価されるようになっていけばいいと思います。」
医学教育の展望
救急を基盤とした研修で大学と
市中の両方を経験-(後編)
自由度の高い研修を支える救急における教育体制
自由度の高い研修システムを支えるもう1つの肝は、救急における教育を研修のベースにしていることだ。臨床研修で経験・習得すべき事項のほとんどを、3か月間の救急研修だけで満たせる体制を作ることによって、他の期間の研修の柔軟性が増している。
「和医大病院は、大学病院でありながら、同時に県立中央病院にも似た役割を果たしています。和歌山県には県立中央病院がないので、他の大学病院に比べて、当院は重症患者の受け入れ数が多いのです。そのため救命救急センターでも、一次から三次まで多様な救急患者を受け入れており、救急の研修で非常に幅広い症例を経験できます。さらに、センターには救急以外にも各科のスタッフが所属しているので、研修中に随時専門家のバックアップを受けることができるのです。
話は飛びますが、私は『患者を選ばない医師』を育てたいんです。そのためには、やはり急性期の患者を助けられなければいけない。地域医療を担うといっても、『私の手には負えません』では頼りにならないですから。だから、救急でしっかり急性期総合診療の基本を身につけさせることで研修の質を担保し、あとは本人の興味や希望に沿って、それぞれの分野で成長できる仕組みにしているのです。」
しかし、2年間の研修で身につけるべきことを、たった3か月間の救急研修で学ぶことができるのだろうか。
「もちろん可能ですよ。ERではドクターヘリや三次救急の前線を、ICUやHCUでは入院患者を診る力も身につけられます。さらに、他科を回っている間も、月に2~3回の救急当直があります。研修期間を通じて、救急に触れ続けることで、基本の定着を図っているのです。」
顔の見える関係を大切にしていきたい
自由度の高い臨床研修の実現には、県内の協力病院との良好な関係も欠かせない。かなりの広さを持つ和歌山県が一体となれるのはどうしてなのか。
「もちろん、県や医師会の協力があり、みんなで作り上げているシステムだからです。県内唯一の三次救急である和医大で働いていたので、県内のどの病院からも患者さんを受け入れていて、多くの先生と面識があったのもよかったですね。顔の見える信頼関係の中でシステムを作れたのは大きかったです。」
顔の見える関係を大事にしているのは、指導者側だけではない。研修医どうしのコミュニケーションを活性化するために、大学内には研修医のオフィスが用意されていて、大きな部屋に1~2年目の研修医全ての机がある。どの診療科を回っていても、協力病院を回る時期であっても、ここに戻ってくれば仲間の研修医に会って、いろいろな話をすることができるのだ。
「研修医どうしが『そっちはどうなんだ?』『こんな所が面白かったよ』といった情報交換をしているのをよく見かけます。3か月ごとに、次のクールでどこを回るかを決めるシステムのため、自分の体験を振り返ったり仲間の話を聴いたり、時には先輩の話を参考にしながら、自分の研修プランを考えられるんです。僕の机もこの部屋にあるので、よく相談を受けています。」
取材中も、部屋に帰ってくる研修医に声をかけ、雑談をする。自由度の高い研修がしっかりと機能する背景には、顔の見える関係と、指導者の細やかな気遣いが感じられた。
和歌山県立医科大学附属病院 卒後臨床研修センター長
脳外科医だったが、和医大が救命救急センターを立ち上げるにあたり、川崎医科大学に講師として赴任、救急の専門医資格を取る。44歳で臨床研修センター長に抜擢。
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