地域医療ルポ
思い出話から始まる、心の触れ合いを大切に
三重県津市 久藤内科 久藤 眞先生
県のほぼ中央に位置する、三重県の県庁所在地。伊勢湾に面し、海沿いに市街地のある臨海都市である。人口は約28万人(平成25年10月現在、都道府県庁所在地のうちでは38位)で、市の最南端にある旧・美杉村地区は過疎地域に指定されている。
往診鞄には、かつてこの地域にあった旧制女学校の校歌や徽章、当時の写真などを入れて歩く。懐かしの品々を患者さんと一緒に見ながら、思い出話を聞き、ときには一緒に歌を歌ったりして、楽しい時間を過ごす。「患者さんと医師というよりは、近所の友達同士のような間柄です。」
父は津市の贄崎という小さな漁村の近くで医師をしていた。いつでも往診に出かけ、患者さんだけでなく家族のことまでよく知っていた。そんな姿を「当たり前」だと思って育った久藤先生が地域医療の道に進んだのは、ごく自然なことだった。生涯現役を貫いた父が亡くなった後、1985年に近隣の町に自らの診療所を開院。父の頃より往診のニーズは減っていたが、それでも開院当初から在宅医療に力を入れてきた。「僕が子どもの頃にお世話になった近所のおじさん・おばさんたちが、開業した頃には、往診を必要とする世代になっていました。父の患者さんや同級生のご両親なども僕を頼ってくれるようになり、医師として自然な形で地域に溶け込んでいきました。まさに、時代を超えた地域の助け合いの中にいるという感じです。」
在宅医療に携わるということは、看取りに責任を持つということでもある。「多い時は年間20~30例ほど看取りを行っていました。しかし医師も人間ですから、24時間365日ずっと…というのはさすがに難しい。最近は深夜に看取りが予見される折には、僕の健康を気遣って、患者さんのご家族から『先生、朝でよろしいよ』と言っていただくことも多いんです。」
そうした信頼関係を維持するために必要なことは、「患者さんの生き様をしっかりみること」だと久藤先生は言う。齢を重ねると認知機能が低下するのは避けられないが、育った地域のことや、学生時代の思い出などは、鮮明な記憶として残っている場合も少なくない。患者さん一人ひとりがどんな人生を送ってきたのか、大事にしてきたことは何なのか――久藤先生は患者さんの言葉を引き出すために、情報の収集を欠かさない。「例えば、戦争に行かれた方と話すときには、どの連隊で、どんな状況だったのかを聞くと、とても話が弾みます。ただ疾患を診るのではなくて、患者さんがいきいきと話せる話題を提供することで、患者さん本人もご家族も、とても満足していい関係を築けるんです。医学的な知識だけでなく、歴史や文化など様々なことを学ぶことで、患者さんとの心の触れ合いをより深めることができるのではないかと僕は思っています。」
(写真中)父の代から深く関わってきた旧漁村地区。
(写真右)津市の近代史を調べるため愛読している本。
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