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各論的事項 №12
「医師の守秘義務について」

手塚 一男(日本医師会参与、弁護士)

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 医師の守秘義務とは、医師・患者関係において知り得た患者に関する秘密を他に漏洩してはならないという医師の義務のことである。このような義務が医師に課される理由は、心身に不具合をもつ患者はそのことを他に開示したくないのが通例であるところ、よき医療を施すためには患者からの率直な事実の開示が不可欠であり、そのためには開示した事実が他に漏洩されることがないという医師に対する信頼がなくてはならないと考えられたからである。

 医師の守秘義務は、後述するとおり法的義務ともなっているが、本来は専門職業(プロフェッショナル)に従事する医師の倫理上の義務であった。古くは、「ヒポクラテスの誓い」において、「治療の機会に見聞きしたことや、治療と関係なくても他人の私生活について洩らすべきでないことは、他言してはならないとの信念をもって、沈黙を守ります。」と述べられている。近年に至って、WMAは、普遍的な医の倫理の一般基準を確立することを目指してきており、その最初の任務として掲げたのは、ヒポクラテスの誓いを20世紀に合わせて最新のものにすることであった。その成果が1948年に採択されたジュネーブ宣言であり、宣言の中で守秘義務について、「私は、私への信頼のゆえに知り得た患者の秘密を、たとえその死後においても尊重する。」と述べている。ジュネーブ宣言の述べる守秘義務は、ヒポクラテスの誓いと同様、絶対的なもので例外を認めないものと解されており、その旨は、1949年にWMAによって採択され、1968年および1983年に修正された医の国際倫理綱要(International Code of Medical Ethics)にも明記されている。

 しかしながら、守秘義務の絶対的遵守の要請は、最近になって少しずつ例外を認める方向に変化してきている。例えば、上記の国際倫理綱要は、2006年の修正において、医師は守秘義務に関する患者の権利を尊重しなければならないとしつつ、①患者が同意した場合、または②患者や他の者に対して現実に差し迫って危害が及ぶおそれがあり、守秘義務に違反しなければその危険を回避することができない場合は、機密情報を開示することは倫理にかなっている、としている。さらに、WMAによって1981年に採択され、1995年および2005年に修正された患者の権利に関するWMAリスボン宣言は、医師の守秘義務およびその例外となる場合について、個人情報保護の観点を加味して、義務の内容をかなり具体化した次のような詳細な規定を設けている。

 a.患者の健康状態、症状、診断、予後および治療について個人を特定しうるあらゆる情報、ならびにその他個人のすべての情報は、患者の死後も秘密が守られなければならない。ただし、患者の子孫には、自らの健康上のリスクに関わる情報を得る権利がありうる。

 b.秘密情報は、患者が明確な同意を与えるか、あるいは法律に明確に規定されている場合に限り開示することができる。情報は、患者が明らかに同意を与えていない場合は、厳密に「知る必要性」に基づいてのみ、他の医療提供者に開示することができる。

 c.個人を特定しうるあらゆる患者のデータは保護されねばならない。データの保護のために、その保管形態は適切になされなければならない。個人を特定しうるデータが導き出せるようなその人の人体を形成する物質も同様に保護されねばならない。

 以上WMAの宣言等における守秘義務に関する規定の推移を述べたが、現時点での規定を具体的なケースにあてはめるとどうなるであろうか。この点につき、2005年に発行されたWMAの「医の倫理マニュアル」(World Medical Association "Medical Ethics manual")は、次のような場合には医師の守秘義務違反が肯定されると述べている。

 その1は、ほとんどの医療機関で頻繁に生じていることであるが、患者に適切なケアを提供するために、医師、看護師、検査技師などに治療に必要な情報を与えることである。通常このような守秘義務違反は正当化される(筆者はこのような場合には、通常患者の同意を擬制してもよいと考える)が、それは患者の利益にとって必要な範囲を超えるものであってはならないとされる。

 その2は、法的な要請に従う場合であり、例えば、自動車の運転に適さない指定疾患の患者や、児童虐待の疑いがある患者について報告を義務づける法律に従う場合である。

 その3は、患者から危害を受ける危険性のある人に対して、医師が、患者の秘密情報を伝えるという倫理的義務を負う場合である。具体的には、患者が精神科医に他者を傷つける計画を明したときや、HIV患者が配偶者やパートナーと感染防止策をとらずに性交渉を続けようとしていることが判明した場合である。

 上記においては、WMOの宣言等に基づき、職業倫理上の観点から医師の守秘義務について述べたが、これと大筋で同様の趣旨のことは、日本医師会発行の「医師の職業倫理指針改訂版」にも懇切にまとめられていることを附言する。

 

 医師の守秘義務は、倫理上の義務としてのみでなく、法的義務としても問題になる。わが国において医師の守秘義務違反については、プライバシー侵害等の不法行為に該当するか否かをめぐり、民事上の責任が問われることもあるが、明文でこの問題をとり上げているのは刑法の次の規定である。

 刑法134条(秘密漏示)第1項

 「医師、薬剤師、医薬品販売業者、助産婦、・・・の職にあった者が、正当な理由がないのに、その業務上取り扱ったことについて知り得た人の秘密を漏らしたときは、6月以下の懲役又は10万円以下の罰金に処する。」

 この規定の適用が実際上問題になるのは、主に「正当な理由」の有無に関してである。「正当な理由」があり、従って違法性はないとされるのは、①法令に基づく場合、例えば、母体保護法に基づき人工妊娠中絶につき都道府県知事に届け出る場合や結核予防法に基づき保健所長に届け出る場合等、②第三者の利益を保護するために秘密を開示する場合(ただし、この場合には、開示の必要性と開示によって損なわれる利益の性質および程度等を相関的に考慮した利益考量に基づいて、その当否を決定すべきものとされる)、③本人の承諾がある場合、などである(大コンメンタール刑法第2版第7巻346頁以下)。実際の裁判例として、最高裁平成17年7月19日判決は、「医師が、必要な治療又は検査の過程で採取した患者の尿から違法な薬物の成分を検出した場合に、これを捜査機関に通報することは、正当行為として許容されるものであって、医師の守秘義務に違反しない」と判示している。

 

 以上述べたことから、医師の守秘義務について概括的に言えば、その義務は例外のない絶対的なものではなく、患者本人の同意がある場合や法令に基づく場合には開示が許容されるが、第三者等に危険が及ぶことを防止するため、或いは第三者等の利益を保護するために患者の情報を開示することが正当な行為として許されるかについては、開示の必要性と開示によって損なわれる利益とを十分比較考量して当否を決定すること、および、開示が許される場合でも、個人情報保護の観点を加して必要な限度での開示にとどめることが要請される。