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各論的事項 №2
「ICと訴訟(がん告知など)」

奥平 哲彦(日本医師会参与、弁護士)

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 インフォームド・コンセント(IC、説明と同意)は、医療法でも、「医療の担い手は、医療を提供するに当たり、適切な説明を行い、医療を受ける者の理解を得るよう努めなければならない」(第1条の4)と定めており、その重要性は医療の現場で十分に認識されるようになった。

 患者の同意は、当初は、医療が患者の身体に侵襲を加えるものであり、それが適法なものとして許されるためには、患者の承諾が不可欠であるという理由でその必要性が唱えられていたが、その後、同意をするためには医師の説明により十分な情報を得ていることが前提となるということでICという言葉が使われるようになった。

 現在では患者の自己決定権を中心に据えて、患者が自己決定権を行使するために必要な情報を提供するものとして医師の説明義務が考えられている。

 医師が説明すべき内容は、一般的には疾患の診断(病名と病状)、実施予定の治療方法およびそれに付随する危険性、他に選択可能な治療方法があれば、その内容と利害得失、予後などとされている。

 しかし、実際の診療の中で、どのような場面で、どのような説明をなすべきかは、そう簡単なことではない。緊急性、重大性、患者の年齢、理解能力など様々な状況によって伝えるべき情報も、伝え方も変わり、一義的には言えないからである。

 ICの重要性が強調されるにつれて、医師が適切な説明を怠り、患者の自己決定権を侵害したような場合には、本来の医療内容に対するクレームとは別に、あるいはこれに加えて説明義務の違反について訴訟が起こされるようになった。

 患者の自己決定権やICが争点とされる最高裁判所の判例もかなり出てきている。エホバの証人の信者であり輸血拒否の固い信念を有している患者に対し、肝臓の腫瘍の摘出手術を行うに当たり、他に救命手段がない場合には輸血するとの治療方針を有していたのにその説明をしなかったのは患者の人格権を侵害したことになるとして慰謝料請求を認容した事例がある。(最判平12・2・29)

 また、乳がんの手術にあたり、胸筋温存乳房切除術を受けるか、あるいは当時医療水準として未確立であった乳房温存療法を実施している他の医療機関において同療法を受ける可能性を探るか、そのいずれの道を選ぶかについて、必要な情報を説明すべき義務を怠ったと判示した事例もある(最判平13・11・27)。

 このように、療法選択の可能性がある場合には、患者にいずれの道を選ぶかについて熟慮し判断する期間を与えるべきであることを強調している。

 もっとも、このような場合、医師としては、患者に対して治療方法の選択肢を公平に提示すれば足りるということであり、自らが最適とは考えていない治療方法を実施する義務を負うものではないし、他の医療機関への転医を勧める義務もないことはいうまでもない。

 未破裂脳動脈瘤に対して、予防的治療としてコイル塞栓術を実施して死亡させた事案について、開頭手術とコイル塞栓術のいずれを選択するのか、いずれの手術も受けずに保存的に経過を見ることとするのかを熟慮して判断することができるような十分な説明がなされていないとした事例もある(最判平18・10・27)。

 更には、骨盤位の場合における分娩方法の選択にあたって、患者が帝王切開術による分娩を希望していたのに経膣分娩を実施した際の医師の説明が不十分であったと判断した事例もある(最判平17・9・8)。

 また、医師が末期がんについて患者本人には告知すべきではないと判断した場合にも、家族に対する告知を検討すべきであったとする事例(最判平14・9・24)では、説明の相手方についても慎重な検討が必要なことを示している。

 ICについては、その歴史が短いこともあり、解決されていない問題が少なくない。

 医師側では、患者の自己決定権を十分に尊重した適切な説明をするための工夫、訓練が必要であり、また、紛争に備えてICについての記録を残しておくことも検討すべきであろう。