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各論的事項 №20
「統合医療とその問題点」

羽生田 俊(日本医師会副会長)

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 わが国は、明治政府が近代国家を目指す一環として西洋諸制度を受入れ、医学についても西洋医学を導入した。この西洋医学が今日までのわが国の国民の健康に如何に貢献して来たかは論じる必要のないところである。この西洋医学が感染症や外傷治療などに絶大な効果を上げてきたことにも異論のないところである。しかし、時代とともに疾病構造が変化してきた。産業形態を含む社会環境の変化に伴い、人々の生活環境も変化し、いわゆる「現代病」と言われる精神疾患や慢性疾患等が増加してきたのである。そして、これらに対応する現代西洋医学のあり方が必ずしも患者のニーズに応えられるものではないことを背景に、欧米諸国においては統合医療と称するものが登場してきたのである。特に、ハーバード大学のアイゼンバーグ博士らの「アメリカにおける代替医療の利用率調査」により、米国民の約1/3がCAM(代替医療)を利用し、その利用者には高学歴、高所得者層の割合が多いと報告されたことが大きな影響を与えることになった。この報告をきっかけに1992年、米国のNIH(National Institute of Health)にOAM(Office of Alternative Medicine:代替医療事務局:1998年にOAM はNCCAM(National Center for Complementary and Alternative Medicine)に昇格)ができ、大学を中心に研究費が支給され、米国におけるCAM(Complementary and Alternative Medicine)の調査が始まったとされている。

 わが国においては、厚生労働省が『「統合医療」のあり方検討会』を設置し、2013年2月に報告書として「これまでの議論の整理」を公表している。この報告では「統合医療」の定義を『「統合医療」を、「近代西洋医学を前提として、これに相補・代替療法や伝統医学等を組み合わせて更にQOL(Quality of Life:生活の質)を向上させる医療であり、医師主導で行うものであって、場合により多職種が協働して行うもの」と位置付ける』としている。しかし、これはNCCAMが「統合医療」を、「従来の医学と、安全性と有効性について質の高いエビデンスが得られている相補・代替医療とを統合した療法」としている定義と異なり、「統合医療」の安全性・有効性に関わることが不明瞭で、医療安全が最優先されているとは言えない。患者中心の視点に立てば、QOLの観点から近代西洋医学、東洋医学や伝統医療などを融合していくことは、将来的に患者の利益に繋がることはあるとしても、現時点のわが国の統合医療は、①定義が明確にされていない、②多種多様かつ玉石混淆、③エビデンスに乏しく、今後の収集が必要、④患者の安全・安心のための情報不足、と言える。このような現状の中で、「統合医療」を何が何でも推進すること、あるいは闇雲に否定することは医の倫理の視点に立った場合、医学・医療を実践する医師としては正しい姿勢とは言えない。特に、安全性・有効性が確立していない療法を患者に提供することは、医の倫理の立場からは大いに疑問のあるところである。

 医師を信頼し、安心して治療を受けられるよう患者に対して根拠に基づく医療(EBM)を提供しているが、それは医師の基本姿勢であると考える。統合医療におけるCAMも患者の医療安全を最優先すべきであり、それにはEBMが必須である。前述のとおり、現時点での統合医療は玉石混淆でエビデンスに乏しいため、患者の安全・安心は十分に確立されているとは言い難い。藁をもつかむ気持ちの患者の求めに応じて、エビデンスを追求することなしに統合医療を推進することは適切とは言えない。

 さらに憂慮されることは、統合医療の推進を医療費削減に繋げようと目論む者達の存在である。少子高齢社会の影響で医療費増加は必然であるが、統計データの国際比較によれば、わが国の医療費は決して高額とは言えない。長年に亘る医療抑制策が医師の偏在・不足を生じさせ、地域医療の崩壊を招いていることを再認識しなければならない。医療は国家にとっての大事なインフラであり、国民の安心・安全の基礎といえる。そして、医師はこの国民のための医療を守り、さらに発展させなければならないのである。

 

<参考>

 「統合医療」の定義 について

 (厚生労働省『「統合医療」のあり方検討会』の「これまでの議論の整理」より抜粋)

 社団法人日本統合医療学会によると、「統合医療とは、さまざまな医療を融合し患者中心の医療を行うものです。科学的な近代西洋医学のみならず、伝統医学と相補・代替医療、更に経験的な伝統・民族医学や民間療法なども広く検討しています。」とされている。

 また、その特長としては、「1.患者中心の医療、2.身体のみならず、精神、社会(家族、環境など)、さらに最近は、スピリチュアルな面を含めた全人的医療、3.個人の自然治癒力の促進により、治療のみならず、むしろ増進を目標とする病気の予防や健康」が挙げられるとしている。

 米国衛生研究所相補代替医療センター(NCCAM:National Center for Complementary and Alternative Medicine)においては、「統合医療」を、「従来の医学と、安全性と有効性について質の高いエビデンスが得られている相補・代替医療とを統合した療法」と定義している。さらに、相補・代替医療については、①天然物(Natural products:生薬、ビタミン類、無機物等の利用)の投与、②心身療法(Mind and body medicine:脳、精神、身体及び動作の相互作用に着目した、健康増進を目的とする行為(瞑想、ヨガ、鍼灸、太極拳等))、③手技的な行為(Manipulative and body-based practices:骨、関節、循環系、リンパ系等の身体構造・組織に着目した行為(カイロプラクティック、マッサージ等))に分類している。

 なお、世界保健機関(WHO:World Health Organization)は、「伝統医療」について、「それぞれの文化に根付いた理論・信心・経験に基づく知見、技術及び実践の総和であり、健康を保持し、更に心身の病気を予防、診断、改善、治療することを目的としている。」としている。

 相補・代替療法や伝統医学等については、必ずしも医師等の4医療従事者により提供されるものに限らず、医師等以外の者により提供される場合や、利用者自らが利用している場合がある。

 本検討会においては、以上の現状を踏まえつつ、「統合医療」を、「近代西洋医学を前提として、これに相補・代替療法や伝統医学等を組み合わせて更にQOL(Quality of Life:生活の質)を向上させる医療であり、医師主導で行うものであって、場合により多職種が協働して行うもの」と位置付けることとした。

 また、検討会では、近代西洋医学と組み合わせる療法の範囲については、エビデンスの程度や有害性の如何に関わらず、あらゆる療法を一括りにして議論することに対して疑問が呈される等、相当議論があったところである。今後、療法の有効性だけでなく安全性に関する知見の集積状況も踏まえながら、療法の範囲について整理していくことが必要である。

 なお、検討会では、どのような療法が用いられているかは各国の事情により異なっていることから、各国の事例を参考にしながら、日本にふさわしい「統合医療」を展開していくべきとの意見があった。