医師のみなさまへ 医師や医学生のみなさまに役立つ情報を提供いたします。

新規ウィンドウでリンクします。

日本医師会のみなさまへ

各論的事項 №21
「医療における無過失補償制度」

今村 定臣(日本医師会常任理事)

印刷用PDFはこちらPDF

 

 最高裁調べによる地裁受付の医療訴訟の新規件数は、平成16年の1,110件をピークとしてその後は落ち着いてきている。しかし、医療事故に伴う患者側の厳しい責任追及と併せ、損害賠償請求額が1億円を超える事例もあり、判決となれば高額賠償の認容例も珍しくない。

 昭和36年の国民皆保険達成により、すべての国民に、公平・平等に医療の恩恵に浴する機会が保証されることとなった。そして、国民の権利意識の高まりとともに、医療を単に受けるだけでなく、より満足度の高い医療を求めるなど、医療への期待も高まっていった。その結果として、医療事故をめぐる紛争が増加するとともに、その解決手段についても、最終的に訴訟にまで発展する事例が増えることとなった。

 また、現行法の枠組みの下では、民事裁判においては、医療を受ける者の損害填補に重点を置かざるをえない結果として、医師の過失の認定を緩和する傾向となり、医学的判断と法律学的判断との間にずれが生じてきた。さらには、損害賠償金額の高額化の流れが加速しはじめ、従来の紛争解決方式では対応できないようになってきた。

 このことについては、すでに昭和47年3月、当時の日本医師会の法制委員会が「『医療事故の法的処理とその基礎理論』に関する報告書」をまとめ、3つの重要な提言をおこなっている。

 第1は、医療事故が発生した場合は、過失の存否という法律学的判断に医学的判断が反映する厳格な審査機構を持った、医師賠償責任保険制度を全国的規模で実施すべきという提言である。

 第2は、医師として過失がないのに不可避的に生ずる重大被害に対しては、国家的規模での損失補償制度を創設し、これに対する救済を図ること。すなわち、無過失補償制度の創設の提言である。

 第3は、現行裁判制度と別個に国家機構としての紛争処理機構の創設の提言で、いわゆるADR的な機構の創設である。

 この第1の提言をもとに、昭和48年7月に「日本医師会医師賠償責任保険」制度が発足することとなった。この制度は日本医師会の社会的責任として行うもので、自らが保険契約者となり、A会員の全てが被保険者となる仕組みとなった。また、第三者的な立場から、適正に医師の過失の有無を判定する機関として「賠償責任審査会」を設けた日医独自の医師賠償責任保険制度が誕生したのである。本制度も平成25年度で41年目を迎え、その間、制度内容の改訂、特約保険の創設(任意加入)などを行ない、会員が安心して医療提供できる健全な制度運営を続けている。

 第2の提言は、医療行為において、医師には過失がないのに不可避的に生ずることがある患者の障害に対してのいわゆる無過失補償制度についてであるが、わが国においては、未だ十分なものがなく、そのような不運な障害を受けた患者や家族の精神的、経済的負担は極めて大きなものがある。

 この問題について日本医師会は、平成16年にプロジェクト委員会を設置して検討を行い、同委員会はニュージーランドやスウェーデン等海外での実施事例等も研究したうえで、わが国の現状を考え、「理想像としては全医療に無過失補償制度を実施することが望ましいが、基金面での限界もあることから、最も緊急度が高い『分娩に関連した脳性麻痺に対する補償制度』の先行実施を求める」内容の提言を平成18年に行った。さらにその年、この提言を具体化させるために、安心して子供が産める環境整備を行うことを制度理念とした「分娩に関連する脳性麻痺に対する障害補償制度」の具体案を作成した。

 日本医師会は、この制度の早期実現を目指し、関係各方面に精力的な働きかけを行い、制度実現に努めてきた。

 その結果、平成21年1月1日、公益財団法人日本医療機能評価機構を運営組織とし、全国の分娩機関の加入を得て、「産科医療補償制度」が発足した。

 この制度の目的は、分娩に関連して発症した重度脳性麻痺児とその家族の経済的負担を速やかに補償するとともに、脳性麻痺発症の原因分析を行い、再発防止に資する情報を提供することなどにより、紛争の防止・早期解決および産科医療の質の向上を図ることである。

 制度発足からまもなく5年を迎える本制度は、今後、社会へのさらなる定着を図るとともに、その拡充についても積極的な検討を加えていく必要がある。すなわち、先のプロジェクト委員会が提言するように、すべての医療分野において不可避的に生じる被害を対象とする国家的規模の補償制度の創設を最終的な理想像におき、現在の産科医療補償制度の対象範囲を如何に拡大していくことが可能か、またそもそも拡大していくべきであるか等についての考察を深め、ひいてはわが国の社会保障全体の充実に寄与することを目指していきたいと考える。