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各論的事項 №26
「代理懐胎と倫理」

久具 宏司(東邦大学医療センター大橋病院産婦人科教授)

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 1978年、世界で初めて体外受精が成功し、1つの生殖現象に2人の女性が関与することが可能となった。この時に初めて可能となった代理懐胎が、IVF surrogacy (full surrogacy)である。しかしそれ以前から人工授精型の代理懐胎(partial surrogacy, サロゲートマザー)が可能であり、既に欧米で行われていた。体外受精が可能となった後に行われる代理懐胎の多くはIVF surrogacyであり、この項ではIVF surrogacyにおいて考えられる倫理的問題点を考察する(以下の文中の代理懐胎はIVF surrogacyである)。

 代理懐胎が、通常の体外受精妊娠に比し高いリスクを伴うか否かという点に関して、十分なエビデンスを有するデータは現時点では示されていない。一方、不妊女性が他人から卵子の提供を受けて懐胎・出産する卵子提供妊娠では、妊娠性高血圧、妊娠第1、2三分期における異常出血、胎盤構築の異常、これらの発生が有意に高いことが多くの臨床研究やそれらのレビューから明白となっている。代理懐胎は依頼女性と懐胎女性の関係が卵子提供妊娠とはちょうど逆になっており、懐胎女性が胎児と遺伝的相同性を全く持たないという点は代理懐胎と卵子提供妊娠に共通である。したがって、代理懐胎においても卵子提供妊娠と同様のリスクの存在が推測される。ただし、懐胎女性が卵巣機能に障害を有しない点で、代理懐胎におけるリスクはより小さいとも考えられる。

 そもそも妊娠・分娩はさまざまなリスクを伴うものであるが、その妊娠・分娩を他者に依頼し、10か月間その子宮を"借りる"ことの是非こそが倫理的に問題となる。またこの10か月間、懐胎女性は胎児をただ預かっているだけではなく、胎児との間には胎盤を介して物質の移動が起こり、それは胎児に出生後長期にわたる影響を与えるかもしれない。また、この10か月間に懐胎女性には母性が芽生え、母乳哺育の準備など身体的にも育児に向けた準備が整い、生まれてくる児を慈しむ感情が湧くであろう。しかしながら、懐胎前の契約により、出産後に懐胎女性は児からは引き離されるのである。この局面で児の引き渡し拒否などの事例が他国では少なからず起こっている。児に何らかの異常がみられた場合には、出生後に依頼者側が児の引き取りを拒否する例も見られる。このような場合に児の福祉が大きな問題となる。また、10か月間子宮を"貸す"行為の性質上、そこに対価が発生しやすいこと、またその対価をあてにした商行為(ビジネスに誘引すること)に発展する可能性を秘めている。一方で、代理懐胎を依頼する、または引き受けることは自己決定による行為であり、その権利を侵害されるべきではない、との見方もあり、代理懐胎契約を相互扶助による生殖医療とする主張も存在する。しかしながら、社会的・倫理的にみると、商行為の有無に関わらず、代理懐胎においては懐胎女性が搾取されているともみなされうるのである。特に親族や知人への代理懐胎の依頼において、自己決定のプロセスの担保は重要である。

 代理懐胎の対象となる女性、すなわち"適応"をどのように設定するか、という点も考慮されなければいけない。先天的な子宮の欠如、または疾患の治療のために子宮摘出を受けた女性は絶対的適応とみなされる。子宮を有している相対的適応もあり、体外受精不成功例、合併症による妊娠困難例、習慣流産例が含まれる。絶対的適応に限るとしたら、そのように限定することの合理的根拠の有無、相対的適応を含めるとしたら、適応症例の基準設定の妥当性および現場医師の判断が重要となろう。このような問題を考えるに当たっては、代理懐胎の施行により婦人科疾患治療において子宮摘出に踏み切るハードルが下がる可能性、自身で妊娠せずに自分の子どもをもちたいと考える女性の存在、など想定外と思えるような事態も視野に入れておく必要がある。

 欧米では代理懐胎について許容または禁止を法により明確に定めている国や州がある。個人の自己決定権を代理懐胎においてどの程度尊重しうるか、国民的議論を重ねた末に決定されたものであるが、その過程でキリスト教の宗教観や倫理観が与えた影響は少なくないと推測される。いのちの始まりから終わりまで人間の存在全体について神話に始まり明確なストーリーをもっているキリスト教ならば、人の誕生のあり方についても確固とした倫理があるであろう。わが日本において多数を占める仏教では、煩悩や欲望など精神世界への介入が主であり、人の存在、特にいのちの始まりについてのコメントは少ない。また、日本では思考の拠り所として宗教をあまり重視しない傾向があり、代理懐胎の問題で宗教界をはじめとした倫理学的な意見が出にくい状況と考えられる。

 代理懐胎の倫理を考えるうえでは、依頼者の願望、懐胎者の安全、生まれてくる子の福祉、三者とも等しく尊重されなければいけないが、特に結果として誕生する子どもについては特段の配慮が必要である。

 

 

参考URL
  •  学術会議叢書19 生殖補助医療と法  財団法人日本学術協力財団 2012年10月
  •  第5回宗教と生命倫理シンポジウム報告書 「代理出産」の問題点を考える-生殖補助医療といのちの尊厳-財団法人日本宗教連盟 2011年12月