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各論的事項 №27
「出生前診断」

平原 史樹(横浜市立大学附属病院長、産婦人科教授)

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 出生前に行われる胎児診断は胎児の健康診断(well-beingのチェック)も含めて総称して出生前診断と呼ばれる。その中にあって、「胎児異常」の診断、遺伝学的解析を含めた検査および診断については、妊娠の継続選択をはじめとした倫理的にも留意すべき多くの課題が含まれており、従来から特段の関心、注意が払われてきた。日本産科婦人科学会は1988年に本邦における出生前診断としては最初の指針として「先天異常の胎児診断、特に妊娠絨毛検査に関する見解」を発表し、重篤な疾患に対する検査としての位置づけをしてきた。その後2回の改変を経て、2013年6月に「出生前に行われる遺伝学的検査および診断に関する見解」を発表し、現時点での出生前診断における規準を示している。

 妊娠中に胎児が何らかの疾患に罹患していると思われる場合に、その正確な病態を知る目的で前項の検査を実施し、診断を行うことが「出生前に行われる遺伝学的検査および診断」の基本的な概念である。近年の遺伝医学領域の進歩により検査診断方法は多様化する一方、新たな分子遺伝学的解析・検査技術を用いた胎児診断法が世界的にもきわめて急速に発展し、出生前診断における母体血での胎児DNAの診断手法が本邦にも導入されるなど、大きな話題となっている。もともと遺伝学的な検査に関しては、日本医学会より示されている「医療における遺伝学的検査・診断に関するガイドライン」(平成23年2月)に遺伝学的検査の指針が規定されており、すべての医療者はこの基準を尊重することが併せ求められている。

 そもそも胎児は独立した人格を持つ個人か否かというと、法律上は娩出した時点で別個の人格を有するとされており、胎内にいるかぎり母体の附属物と扱われる。しかしながら昨今の医療の現場では胎児は患者(Fetus as a patient)として認識すべきものとされるに至っており、胎児医療の共通の理念基盤となっている。

 日本産科婦人科学会、日本医学会の個々の見解、ガイドラインは紙面の都合上記さないが、その共通の理念基盤は近年の遺伝医学における基本的対応として遺伝医学的事実を正確、適切に情報提供するとともに傾聴、共感、受容の姿勢を軸とした遺伝カウンセリングを要するものとなっており、遺伝医学のより広い普及が国民の中に求められるところである。

 最先端のゲノム遺伝子解析研究の急速な進歩は一気に個々人のゲノム遺伝子情報を次々に審らかにしてきている。我々人類はこの世に生をうけ、生き、営みを続けている自分自身が一見、健康そのものであっても、生まれながらに様々な"異常"を遺伝子に持ち合わせていることがわかってきた。今ある自分の存在は、ある種のがんや疾患を幸運にも発症していないか、これから発症する準備状態に過ぎないのかもしれない。ヒトという個体がこのように遺伝学的に多様性を示し、その中のいくつかの遺伝学的多様性は疾患や異常として体に現れる一方で、あるものは身体的異常も疾患も表現しないという様々な体への表現としての様態が混在することになる。この偶然の割り振りで運命づけられた遺伝学的多様性を人類という生物種は世代を経ながら継承しているのである。自然の摂理とはそういうものである。いわゆる先天異常は20人にひとり、すなわち、3~5%の出産児には体に何らかの形態形成異常(先天異常)があるとされている。一方、遺伝子の異常(変異)を持つ者は100人中100人である。

 これからの出生前診断は母体血中の胎児由来DNAを用いることで胎児DNAに詳細な遺伝子診断が可能となる。胎児においても、成人においてもすべての遺伝子がわかるという時代を迎えて、自然の摂理としての遺伝医学の基本原理・知識や、教育、社会の共通理解基盤を熱心に育んでこなかった今の社会にあっては、出生前診断への理解とより良い適正な利用へ向けて私たちにその責務が課せられている。