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各論的事項 №3
「エホバの証人と輸血」
                吉田雅幸
藍 真澄(東京医科歯科大学 生命倫理研究センター)
梶原道子(  同      医学部附属病院輸血部)
     

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 外傷や手術による出血や血液疾患等の治療において、必要な場合には輸血により救命を図るというのが医師にとっては常識である。しかし信仰上の理由から輸血を拒否する患者がその意思に反して輸血された場合に、患者と医療機関の間で訴訟となることがある。すなわち、医療上の救命行為と信仰とのいずれが優先されるかという問題である。医師と患者の倫理観あるいは価値観に相違があり、それが医療行為そのものに直接影響する場合、医師あるいは医療機関はどのように対応することが求められるだろうか。

 

(1)絶対的無輸血と相対的無輸血

 信仰上の理由による輸血拒否は、その代表的な宗教として挙げられる「エホバの証人」の信者が国内だけでも約21万人(2009年)いることからみても稀ではなく、どこの医療機関においても生じうる事例である。実際には、エホバの証人の信者の間でも輸血についての解釈には幅があり、目の前の患者の意思確認が重要となる。輸血拒否といっても、たとえ生命の危機に陥るとしても輸血を拒否する絶対的無輸血の場合と、生命の危機や重篤な障害に至る危機がない限りで輸血を拒否する相対的無輸血の場合がある。実際に医療現場で問題となるのはいうまでもなく前者の場合である。

 

(2)待機的手術における輸血拒否への対応

 絶対的無輸血の事例について最高裁判所は、手術に際して救命のために輸血をする可能性のあるときには、医師は、そのことを患者に説明し、手術を受けるか否かは患者の意思決定に委ねるべきであるとし、その説明を怠った医師には、患者の人格権侵害について不法行為責任があるとの判断を示した(最高裁第三小法廷判決 2000年2月29日)。

 この事例は待機的手術時の輸血に関する手続きが問題とされており、判決文では医師は輸血を拒否する患者の自己決定権を尊重し、患者に自己決定権行使の機会を与えなければならないとしている。しかし、医師が患者の意思に従い無輸血下での手術をしなければならないとは命じていない。したがって、このような場合の医師や医療機関がとり得る選択肢は以下の2つとなる。

①輸血することを明確に説明して患者に自己決定の機会を与え、患者が拒否した場合には治療を断る。

②患者の意思に従い無輸血下手術を行う。

 後者の場合には、手術時に一般的な注意義務を尽くしている限り、患者が出血死しても医師は法的責任を免れると考えられる。

 

(3)救急医療など緊急時における輸血拒否への対応

 待機的手術に際しては患者への説明と同意に時間をかけて対応することが可能であるが、さらに問題となるのは、救急医療など事前に患者の意思が確認できない状況での緊急輸血時である。具体的な症例を目の前にしてからでは対応が困難であり、緊急時の対応については、あらかじめ医療施設として方針を定め、それを院内掲示やインターネットのホームページ上などさまざまな手段・機会を通じて患者や周辺の一般市民に示しておくことが望ましい。つまり、事前の対策が重要ということである。実際に、緊急かつ必要なときには輸血をする相対的無輸血の方針で対応することを表明する医療機関が増えている。相対的無輸血の方針が明示された医療施設において、患者がこれに応じなければ診療を断ることも許される。ただし、医療施設は輸血拒否の患者に対する、すべての医療を拒否することは相当でない。疾病の種類、処置の方法、内容などを勘案して、輸血なしに治療可能なものは治療に応ずることが適切である。また、これらの対策を講じていても実際に患者の意思に反して輸血が施行された場合には法的責任は免れず、人格権の侵害として訴訟で敗訴する可能性は残る。

 

(4)未成年者や意思確認ができない患者への対応

 患者が未成年者の場合、親権者が必要な輸血を拒否することがある。原則的に、判断能力がない場合を含めて患者本人に明確な輸血拒否の意思表示がない場合には、必要な輸血を行わない理由は見当たらない。2008年2月の関連学会の合同委員会報告「宗教的輸血拒否に関するガイドライン」では、患者の年齢による対応を示し、15歳以上で自己決定能力がある場合には患者の輸血同意書により輸血を実施することとしている。問題は自己決定能力がない幼少の患者への必要な輸血を親権者が拒否し、相対的無輸血や転院の勧告などの方策がとれない場合には、当該親権者について親権の濫用として児童相談所等を通じて裁判所に親権喪失の申立を行うことも考慮される。実際に、緊急輸血を必要とした幼児が病院、児相、家裁の連携により救命された例がある。

 

(5)まとめ

 医師と患者の倫理観あるいは価値観の相違が医療行為そのものに大きな影響を与える場合には、お互いの立場や考えを明らかにし、合意点を見出す努力が求められる。しかし、患者と家族の意向が異なる場合、救急時など意思確認が困難な場合や、患者が事故や犯罪の被害者であるなど他の要因が複雑に関与する場合などのように十分な理解を求めることが困難な場合があるが、このような場合にはそれぞれの状況により判断せざるを得ない。しかしながら、事前に当該医療機関としての方針を策定・公開すること、関連ガイドラインを周知することが助けとなるものと考えられる。