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各論的事項 №32
「IRBの役割とその運営」

吉田 雅幸(東京医科歯科大学生命倫理研究センター教授)

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 IRBとは施設内審査委員会(Institutional Review Board)の略で、倫理審査委員会(Research Ethics Committee; REC)とほぼ同義に使われることが多い。しかし、IRBは主として医薬品や医療機器の承認に関する審査を行い、倫理審査委員会はそれ以外の臨床研究や疫学研究の審査を行う、と別組織になっている施設もある。具体的な任務は医学研究の倫理的妥当性と科学的妥当性を評価し、被験者のリスクが守られているかどうかを審査することである。最近では、種々の臨床研究における不適切な解析などが指摘され、今後は承認後の研究がその計画書どおり行われているかどうかのモニタリングもIRBの役割として注目される。被験者保護のためには被験者に対する研究内容の説明と理解、そしてそれに基づく研究参加の同意を得る手続きが必要だが、このプロセスの妥当性を担保することがIRBにとってまず重要な責務といえる。被験者は専門的説明内容を理解することは難しく、実際には、ある程度の理解のうえで医師の説明を信じて同意するということになる。このような状況であってもその倫理的妥当性を補完するために倫理審査委員会が機能するといえる。また、倫理的妥当性のなかで隠れがちなのが、科学的妥当性に対するIRBの審査である。たとえ、被験者に対するリスクが少ない研究であっても科学的根拠や解析方法が不適切な研究計画は認められるべきではない。この観点についても厳格に審査することがIRBには求められている。米国における有名なタスキギー事件※を契機に臨床研究をその実施前に審査することが求められるようになった。被験者本人の同意とともに客観的組織(IRB)によって研究内容が審査される必要があると考えられたのである。現在の日本におけるIRB・倫理審査委員会もほぼ米国のシステムを参考に作られてきたものである。わが国においても多くの医療機関・研究教育機関にIRB・倫理審査委員会が設置されている。しかし、小規模の医療機関の場合には独自のIRB・倫理審査委員会の設置が困難である場合も少なくない。一方、大規模臨床研究や新薬の治験においては多くの被験者の参加が求められ、そのために地域の小規模医療機関の参加は重要である。したがって小規模医療機関は、複数の施設で共同のIRBを設置したり、他機関のIRBに審査を依頼したり、医療関係の学術団体が設置したいわゆる中央IRBを利用することになる。このような当該施設外での倫理審査における問題点は、被験者に対するリスクの評価が困難である点と、時として審査基準の緩やかな委員会に申請が集中する恐れがある点である。特に後者の問題点については今後の倫理審査委員会の質の管理の改善課題として解決されるべきである。IRB・倫理審査委員会の構成については、治験であれば医薬品の臨床試験の実施基準(GCP)、医学研究であれば該当するガイドラインおよび指針の条文を参考に決められる。その専門性から医学・科学の専門家、法律・倫理の専門家、一般の立場の3つの立場の委員が求められ、その委員の属性から、内部委員、外部委員、さらに男性・女性の両性の委員がいることが求められる。厳密な規定は個々の法律・ガイドラインに準じる必要があるが、一つの委員会でその施設のあらゆる審査を行うためには該当する法律・ガイドラインの要件をすべて満たす必要がある。また、IRB・倫理審査委員会は施設長の諮問機関であるので、施設長(病院長・学部長など)は参加することができない。施設長はIRBの審査結果に基づき、研究の実施許可(あるいは不許可)を申請者に与えるため、その施設長自身が審議に加わるのは不適切とされている。

 今後IRBについて解決すべき問題は、まず倫理審査の質の標準化、そして承認された研究の実施状況のモニタリングの2つであろう。倫理審査の質については、特に昨今増大してきた多施設共同研究において顕著に表れている。施設によって倫理審査の基準が異なるため、申請用紙作成の段階で差異があり、また審査結果についてもバラバラになることが少なくない。わが国における倫理審査の浸透度から考えると質的な不均一についてはこれまで黙認されてきた感もあるが、倫理審査の必要性についての認識が十分浸透した現在において審査の質の均一化をめざす試みが重要となる。われわれ東京医科歯科大学生命倫理研究センターでは、このような倫理審査の質的向上をめざし、全国医系大学の倫理審査委員会のメンバーに対してワークショップを開催し、特に初めて倫理審査委員会委員となった方への啓発活動を行っている。2つめの研究実施モニタリングの重要性については、特に最近注目されたいくつかの臨床研究におけるデータ改ざんなどの事実からその必要性が指摘されている。ガイドラインのなかでもIRB・倫理審査委員会は施設で実施されている臨床研究の実施状況を把握しなくてはならないと記載されている。しかし、残念ながら現状の倫理審査委員会では日々増大している倫理審査申請案件の処理と倫理審査委員会の運営にほとんどの労力を奪われている。今後は、研究査察を含めた実施状況の把握を行える体制を構築することがよりよい研究の実施につながるものと考える。

 

 ※タスキギー事件

 米国アラバマ州タスキギーにおいて1932年から1972年の40年にわたって米国政府の補助によって行われた臨床研究で、1932年当時まだ治療法が確立していなかった梅毒の無料治療を提供すると称して、貧困地のアフリカ系アメリカ人の梅毒の自然経過を観察した。しかし、研究参加者には正確な疾患名は伝えられず、さらに、1947年頃にはペニシリンが梅毒の標準治療として確立していたが、本研究被験者には治療が提供されず経過観察が続けられたため、被験者死亡・配偶者間感染・先天性梅毒児の出産が続いた。1972年に報道によってこの臨床研究の事実が公になり、全米で大問題となった。これをきっかけに、米国の国家研究法が成立し、ベルモントレポートが公表された。