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各論的事項 №33
「新薬の開発とGCP」

畔柳 達雄(日本医師会参与、弁護士)

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 GCP(Good Clinical Practice「良き臨床上の基準」)という言葉が、明確な概念規定のもとに国際的に登場したのは、1989年秋、欧州共同体(EU)の作業グループが発表、1991年7月1日欧州共同体指令として発効した「Good Clinical Practice for Trials on Medical Products in the European Community(欧州共同体医療製造物に関する研究のための良き臨床上の基準)」が最初かと思われる。同基準の語彙集には、"Good Clinical Practice(GCP):a standard by which clinical trials are designed, implemented and reported so that there is public assurance that the data are credible, and that the right, integrity and confidentiality of subjects are protected(それによって臨床研究(試験)が計画され、実行され、報告され、その結果、データに信頼性がありかつ被験者の諸権利や完全無欠性と秘密が守られることが公的に確保される基準)."と定義され、さらに基準本文の冒頭で、被験者の権利を保護する臨床研究に関する倫理原則としてヘルシンキ宣言の受け入れを表明している。定義から明らかなごとく、EUのGCPは、人間を対象とする臨床研究(試験)の際のデータの信頼性と被験者の人権保障を確保するための国際的な公的基準である。

 1991年、EU・アメリカ・日本三極の規制当局は新薬開発許可手続きを国際的に統一して新薬の利用・普及を促進する目的で「International Conference on Harmonization of Technical Requirement for Registration of Pharmaceuticals for Human Use(人間に使用する医薬品承認に関する手続条件を一致させる国際会議)」を発足させた。1996年5月の横浜会議で「ICH Harmonised Tripartite Guideline (国際調和会議 統一三極ガイドライン)」「Guideline for Good Clinical Practice(良き臨床上の基準についてのガイドライン)」(以下「ICH-GCP」という)を作成し、この基準に従って手続を履行することを合意した。その結果、関係諸国は横浜合意に基づき、国内法をICH-GCP基準に合致するよう改めることになった。

 このガイドラインの「語彙集」は、GCPを「A standard for the design, conduct, performance, monitoring, auditing, recording, analyses, and reporting of clinical trials that provides assurance that data and reported result are credible and accurate, and that the rights, integrity, and confidentiality of trial subjects are protected.(データおよび報告された結果に信頼性がありかつ正確であることならびに研究被験者の諸権利、完全無欠性および秘密が保護されることを保障する臨床研究の計画、実施、パフォーマンス、モニタリング、監査、記録、分析および報告についての基準。)」と定義している。そのうえで、第2章「The Principle of ICH-GCP」の冒頭で「臨床研究はヘルシンキ宣言に起源を有する倫理的諸原則に従って行われなければならない」としている。

 また、ICH-GCPの適用範囲・対象について、序文第4文は「This guideline should be followed when generating clinical trial data that are intended to be submitted to regulatory authorities.(このガイドラインは規制当局に提出する臨床試験データを作成する際に従うべきものである)。」と規定するが、さらに第5文では「The principles established in this guideline may also be applied to other clinical investigations that may have been an impact on the safety and well-being of human subjects.(このガイドラインの中で確立された諸原則は、もちろん被験者の安全と福利に強い影響を与える可能性のあるその他の臨床研究に対しても適用することができる。)」と定めている。

 ICH-GCPがわざわざ第5文を設けた趣旨は、GCP先進国であるEU・アメリカの薬事法制が、新薬の製造・販売の承認のためのいわゆる商業目的の臨床研究にとどまらず、既承認薬の適用外使用、承認を得たものとは異なる剤型の追加情報を得るための臨床研究など、非商業的研究も法規制の対象としていたからである。合意後にできたEUの臨床試験指令(Directive 2001/20/EC of the European Parliament and of the Council of 4 April 2001)第2条(d)は、「'investigational medicinal product':研究に用いられる医薬製造物」を次のように定義している。「a pharmaceutical form of active substance or placebo being tested or used as a reference in a clinical trial, including products already with a marketing authorisation but used or assembled(formulated or packaged)in a way different from the authorised form or when used for an unauthorized indication, or when used to gain further information about the authorised form(臨床試験において試験対象となる、または対照として用いられる、薬剤としての剤型を持つ活性物質またはプラセボ。すでに市販承認を得ているものであっても、承認を得たものと異なる剤型で、または承認されていない適用で、または承認された剤型の追加情報を得るために、使用される場合を含む。)」また、アメリカFDAのInvestigational New Drug (IND)Application の定義も似ていて、INDには未承認薬の研究、既承認薬の新規適用の研究などを含み、商業的なものと非商業的な研究の二つのカテゴリーがあり、いずれも規制対象であるとしている。換言すれば、欧米先進国のGCPは、商業的・非商業的を問わず、新薬はもちろん、既承認薬であっても適用外使用、異なった剤型による臨床研究を実施するためには、薬事法の規制当局に対する届け出と承認を求める義務を研究者、スポンサーに課しており、研究実施に当たり、唯一の基準であるICH-GCP基準の遵守を求めている。人間を対象とする医薬品投与のような臨床研究が、患者・被験者に危害をもたらす可能性がある以上、患者・被験者の人権擁護のために、国の規制当局が乗り出すのは、当然だという考え方が背景にある。

 ちなみに、EU/EEAでは1年間に約4400件の臨床研究が規制当局に登録されており、約60%のスポンサーが製薬企業、約40%が医学会のようなスポンサーであると報告されている(2012.7.17欧州委員会プレスリリース)。また、アメリカではFDAが受理した研究新薬(IND)申請書件数は、2008年が非商業IND1156件、商業INDが883件である(薬事日報社 石居昭夫「FDAの承認審査プロセス 新薬の知識」46頁以下参照。)。

 これに対して、日本ではどうか。当時、厚生省は、横浜合意を受けて薬事法を改正し、1997年3月27日「医薬品の臨床試験の実施の基準に関する省令」(省令GCP)を公布4月1日から施行した。次いで5月29日担当課長名で「医薬品の臨床試験の実施の基準の運用について」を関係者に通知し、遵守を求めている。その際、同年3月13日中央薬事審議会答申「医薬品の臨床試験の実施に関する基準(GCP)の内容」を「答申GCP」と名付けて添付している。いわゆる省令GCPは、ICH-GCPの内容・形式をいわば忠実になぞっているので、EU・アメリカのGCP基準と基本的には変わるところがない。問題は、日本の省令GCPは、薬事法第2条第7項に定める「治験」と呼ばれる臨床研究に限って、規制対象としている点である。同項は次のように述べている。「この法律で「治験」とは、第十四条第三項~の規定により提出すべき資料のうち臨床試験の試験成績に関する資料の収集を目的とする試験の実施をいう。」この規定に基づき、わが国では薬事法の対象となる臨床試験/研究を、わが国独自の概念である「治験」に限定し、それ以外の臨床研究は法律上無関係ということにしてしまったのである。そのため、折角薬事法の改正までしてGCP基準を導入しながら、欧米先進諸国とは異なり、いわゆる「治験」以外の臨床研究をGCPの対象外とすることによって、わが国の臨床研究の規制に、大きな抜け穴を残すことになった。横浜合意から約7年経過した平成15(2003)年7月、厚生労働省は治験以外の臨床研究を対象とする「臨床研究に関する倫理指針」なるものを、法律上の根拠無しに制定・公布したが、ICH-GCP基準とは似て非なるもので、2008年の登録制度の導入など、その後の改訂内容を考慮しても、ICH-GCPが示した人間を対象とする臨床研究(試験)の際のデータの信頼性と被験者の人権保障を確保するための国際的な公的基準からはほど遠く、悪しき意味でのダブル・スタンダードを国自体が容認しているといわざるを得ない。近年、薬事法対象外の臨床研究を巡りデータ改ざん問題が頻発しているが、ICH-GCPというデータの信頼性確保と患者・被験者の人権擁護のための国際的基準の採用に合意しながら、新薬の治験以外の臨床研究を対象外として自ら規制しないばかりか、依然としてダブル・スタンダードを容認し続ける当局者の無責任な対応が、温床になっていることを改めて指摘したい。

 日本の臨床研究が、国際的に信頼され通用するものとなるためには、きちんと法整備したうえで、国際的な約束であるICH-GCPを採り入れた「臨床研究ガイドライン」を早急に制定・実施すべき時期がすでに到来しているのである。