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各論的事項 №4
「患者の遺族への医師の説明義務」

伊澤 純(日本医師会医事法・医療安全課課長)

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はじめに

 医師、医療従事者の献身的な治療にもかかわらず患者が死の転帰を辿った場合、主治医が患者の遺族に対して、死因をはじめ生前の患者の病状や医療の内容などについて説明をすることは、ごく一般的に行われている。この他にも、医師は死亡診断書の発行や、遺族への診療記録等の開示などを通じて、亡くなった患者の医療内容についての説明を行っていることになる。通常、これらの遺族への説明は医師の法的義務として意識されることはないが、一方で民事裁判として争われた事例も少数ながら存在する。本項では、裁判例として現れた遺族への説明義務と、日常的な診療情報の提供の一部として行われる遺族への診療記録等の開示の問題を中心に論じる。

 

裁判例

 遺族への説明義務が争点とされた公表裁判例は12判決あり、そのうち実際に説明義務違反が認定されたものが5判決(①広島地裁平成4年12月21日判決(判例タイムズ814号202頁)、②東京地裁平成9年2月25日判決(判例時報1627号118頁)、③甲府地裁平成16年1月20日判決(判例時報1848号119頁)、④東京地裁平成16年1月30日判決(判例時報1861号3頁)、⑤東京高裁平成16年9月30日判決(判例時報1880号72頁))、他に、説明義務違反はなかったものの一般論として遺族への説明義務の存在を前提としたものも5判決であった。

 これらの判決の分析から、(ⅰ)事実と異なる説明や事実の隠蔽をした場合には説明義務違反とされる傾向が強い、(ⅱ)口頭による説明だけでなく、死亡診断書・死体検案書や診療録の虚偽記載、改ざん行為も義務違反とされることが多い、(ⅲ)著しく不正確な説明である場合にも義務違反を問われる可能性が高い、などの裁判所の判断を読み取ることができる。もっとも、遺族への説明義務の存否が争われた事例のほとんどは、生前の医療の内容をめぐって医師の過失が問われている事例であり、これらの裁判例の結論だけから、遺族への説明義務を一般化することは適切ではない。

 

診療情報の提供

 いわゆる「カルテの開示」等について日本医師会が自主的な指針として定めた「診療情報の提供に関する指針」は、平成14年に遺族への診療情報の提供に関する項目を追加し、その後の厚生労働省の「診療情報の提供等に関する指針」も同様の規定を備える。

 一方、平成15年に制定された個人情報保護法は、生存する個人に関する情報を対象とし(同法2条)、亡くなった患者に関する診療記録等は、形式的には規制の範囲外となる。しかし、同法の施行時に制定された厚生労働省「医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱いのためのガイドライン」には、「患者・利用者が死亡した際に、遺族から診療経過、診療情報や介護関係の諸記録について照会が行われた場合、医療・介護関係事業者は、患者・利用者本人の生前の意思、名誉等を十分に尊重しつつ、特段の配慮が求められる」ことが明記されている。

 このように医療実務上は、患者の遺族から診療記録等の開示の求めがあった場合に、原則としてこれに応じるべきであることは、各種指針等の規定からも明らかである。ただし、これらの各指針は、開示請求権者の規定のしかたに若干の齟齬がみられるなど、今後の整理が望まれる点もある。また、これらの指針を現実の事例に適用する際には、患者の生前の医療、介護等の内容や、遺産相続等について、遺族の間で意見の対立がある場合など、開示の求めにどのように対応すべきか、医療者として苦慮する場面も少なくない。判断に迷う場合には、法律専門家の助言を得ることも考慮すべきである。

 

まとめ

 裁判例をみる限りでは、遺族への説明義務が認められた例は、未だ特殊な事情を有する場合に限定されており、これを医師の法的義務として普遍化するまでには至っていないようである。しかし、近時の死亡時画像診断(いわゆるAi)の普及などを背景に、今後、遺族がより詳細に患者の死因を知りたいと希望する場面が増えることも予想される。死因や最期の状況を近親者に丁寧に説明することよって、その患者に対する医療は完結するといえる。まずは、現在の診療情報の提供に関する指針等による、十分な説明と適切な記録の開示を通して、肉親の死を理解し受容しようとする遺族の思いに応えるよう努めることが肝要である。

 

【文献】

  • 劔持淳子「医師の顛末報告義務」
    判例タイムズ1304号35頁(2009年)
  • 服部篤美「死に至る経過及び原因を説明する義務-遺族と医療機関との法的関係序論として」(湯沢雍彦・宇都木伸編『人の法と医の倫理』(唄孝一先生賀寿・信山社・2004年)399頁以下)
  • 伊澤純「患者の遺族に対する医師の説明義務」(岩田太編・著『患者の権利と医療の安全』(ミネルヴァ書房・2011年)243頁以下)