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各論的事項 №5
「医療事故と過失傷害致死罪」

奥平 哲彦(日本医師会参与、弁護士)

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 医療は本来不確実で危険を伴うものである。医療行為により、時として重大な後遺症を残したり、死亡するといった予期せぬ結果が発生することは避けられない。

 医療事故が発生した場合、患者や遺族に誠意をもって十分な説明をすることによって納得してもらえることが多いが、それでも医師が民事責任、刑事責任などを追及されることは珍しくない。

 民事責任は、診療契約に基づく債務不履行あるいは不法行為として、過失がある場合、損害賠償が求められる。話合いによって解決できない場合には訴訟を提起されることになる。

 患者・遺族が民事責任にとどまらず、警察に被害の届出をするなどして捜査が開始され、行為者である医師が刑事責任を問われることもある。

 医療事故で刑事責任を問われる場合は、故意が問題とされる稀な事例を除いては刑法211条の業務上過失致死傷罪が多い。「業務上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた者」に該れば、5年以下の懲役若しくは禁錮又は100万円以下の罰金の刑に処せられることになる。

 患者の死傷という結果が、医師の作為あるいは不作為によって生じたものであって、しかも、その作為・不作為が医師として通常求められる注意義務を果たしていない場合がこれに該る。

 因果関係が認められれば、過失の有無が最大の争点となるが、投薬の種類や量を誤る、患者や患部を間違える、輸血の際に血液型を誤るといった単純なミスについて過失を認めることには問題が少ないが、それ以外の医師の診断、治療行為が通常の注意義務を充たしているか否かは行為当時の医療水準を認定しなければならないことであり難しい。

 有名な福島県立大野病院事件(福島地裁平成20.8.20判決)では、「臨床に携わっている医師に医療措置上の行為義務を負わせ、その義務に反したものには刑罰を科す基準となりうる医学的準則は、当該科目の臨床に携わる医師が、当該場面に直面した場合に、ほとんどの者がその基準に従った医療措置を講じているといえる程度の、一般性あるいは通有性を具備したものでなければならない」と判示している。理想的な医療水準に拠って判断するわけではないのである。

 医療行為が行われる状況は、疾患の種類、重症度、緊急性、地域性、施設の規模等によって異なっており、その状況下において如何なる行為をなすべきであったか、あるいはなすべきでなかったのかを具体的に行為を特定して判断をすることは、実際にはかなり難しいことになる。

 また、多くの医療関係者がチームを組んで行っている医療において医療事故が発生した場合、チーム内の誰に刑事責任を問うべきか、対象者の選択も難しい問題である。医師は自己の監督する他の医師・看護師らに対して適切な指導・助言をする責任を果たしていなかった場合には責任を免れない。

 捜査機関による捜査が開始された場合でも、起訴猶予などで不起訴とされ終結となる場合は多い。検察官によって起訴されるのは平成9年から17年までの間では年平均15件程度であり(飯田英男、刑事医療過誤Ⅱ、増補版)、起訴されても、正式に公判が請求される場合と略式手続によって処理される場合がある。医療事故の場合には略式命令により、少額の罰金を科されて終わることが少なくない。しかし、略式命令による罰金もれっきとした有罪判決であり、その後、医道審議会に諮問され医師免許の取消、医業停止等の行政処分を受けることになることも知っておかねばならない。

 このように、医療行為によって医師が刑事責任を問われることに対しては、医師を処罰することによって事故を防止することはできない、かえって萎縮医療を招くなどとして医療界には反対の声が強い。

 患者・遺族が告訴などして捜査機関の介入を求める原因として、日本では医療事故の原因調査の手続が確立されていないことにあるとして、中立的事故調査委員会を設置することも提案されているが、今後の検討課題である。

 いずれにしても、日本では自動車事故の場合など過失致死傷罪が社会の中で果たしている役割は大きく、医療の分野だけ過失致死傷罪を完全に免責とすることは難しいといわざるを得ない。