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日本医師会のみなさまへ

各論的事項 №6
「異状死体の届出と医療事故調査機関」

高杉 敬久(日本医師会常任理事)

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異状死体の届出義務

 医師法21条は「医師は、死体または妊娠4か月以上の死産児を検案して異状を認めた時には、24時間以内に所轄警察署に届けなければならない」と規定し、これに違反すると罰金刑に処せられる。本条は、医師は殺人などの犯罪の発見、捜査に協力する義務があるという趣旨で、「検案」という意味は「医師が診療中の患者は含まない」とされてきた。

 しかるに、日本法医学会が1994年に公表した「異状死ガイドライン」は、診療に関連した予期しない死亡も本条の届出義務の対象とすべきとしており、その後の本問題に関する議論に多大な影響を与えた。

 こうしたなかで、看護師が入院中の患者に対して生理食塩水と誤認して消毒液を点滴注入して死亡させた都立広尾病院事件(1999年)では、警察への届出が遅れたため、当時の院長は医師法21条違反に問われ、2004年最高裁で有罪判決となっている。この判決での検案という言葉は「自己の診療していた患者の場合」も適用されており、大胆な判例となったのである。

 医師は診療の入口、すなわち患者から診察の求めがあった場合にはこれに応じる義務を負う一方で、その結果として過失により患者を死亡させるなどすれば、出口においても医師は刑法211条の業務上過失致死傷罪で、社会的責任ばかりでなく法的責任(刑事責任)も負うこととなる。医療の進歩は著しく、ある種の医療は生命操作も含め極限状態のところで提供されているにもかかわらず、明治以来の公衆衛生上の観点と、犯罪捜査に役立つという視点で、現代医療を裁くという周辺の法律整備はまったくなされていない。

 法医学会ガイドラインの医師法21条の拡大解釈は医療界に新たな混乱を引き起こした。医療関連死といえども、説明できない不明な死は24時間以内に警察に届けろというものである。「眠れる医師法21条が目覚めた」とは東大、樋口範雄教授の的を射た表現である。

 診療関連死を異状死体届出義務の対象と位置づけることの是非および、それに代わる診療関連死の原因調査制度をどのように設計するかは、医療界が十数年来抱え続ける難題である。

 

医療界への批判と信頼回復に向けて

 先に述べた都立広尾病院事件および同年の横浜市立大学病院での患者取り違え事故以降、21世紀の初めに大きな医療過誤事件がしばしば報道され、閉鎖的で密室である、隠蔽、傲慢で反省と謝罪がないという医療界への不信と厳しい批判が加えられた。医療界では、遅きに失したと言われながらも、各職種の壁を越えて多くの医療提供者が参画する「医療安全全国共同行動」の展開、診療情報提供や診療記録開示に向けた取り組み、また万一、不幸な結果が発生した際には患者や遺族に対する迅速な納得いく説明等々の動きを進め、信頼回復に努めてきた。

 

日本医師会委員会の提言

 日本医師会「医療事故調査に関する検討委員会」は、2012年6月に報告書「医療事故調査制度のあり方に関する基本的提言」をまとめた。その中で次のような基本的視点を述べている。すなわち、医療は不確実で、予測不可能なことが多いが、医療は常により良い方向への挑戦である。医療行為により予期せぬ死という不幸な結果が生じたとき、警察に届けることで真相が解明されるのであろうか。医療事故を犯罪で処理する刑事手法は犯人探しにしかならない。未解明な分野に医療者が自律性をもって、真摯に原因を分析検討することが、事故予防と、医療の未来につながると考える。医療現場の特殊性を見れば、当事者の声を自律的に取り上げ、防止に繋げる新しい制度構築を望みたい。

 そして、具体的に、①全ての医療機関に医療事故調査委員会を立ち上げる。②医療界、医学会が一体的に組織・運営する「第三者機関」による医療事故調査を行い、疑問を解決する ③医師法21条を改正し、医療関連死は、警察ではなく、第三者機関に届け、分析・予防を目的とする ④ADRの活用を推進する ⑤患者救済制度の創設により、患者の医療への不満を解消する、などの提言を示している。

 診療関連死を異状死体届出義務の対象と位置づけても、警察では真の原因究明は不可能である。刑事司法の介入は患者、医療者双方にとって悲惨な結果を招くものであり、医療崩壊の道であると結論づけた。

 この日本医師会委員会の提言は、異状死体の届出義務と診療関連死に関する長年の懸案を、真に患者・国民の視点に立って解決しうる有効な一策である。