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基本的事項 №1
「医の倫理~その考え方の変遷」

折田 雄一(滋賀県医師会前参与)

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 「ヒポクラテスの誓い」はもっとも古い医の倫理の原点であろう。医の倫理とは、医師が行う医療の意図が患者の望む回復をもたらすための医師の心掛けと言えよう。この誓いのなかで述べられていることは医師・患者関係、医師同士の関係が主であり、医術については自殺幇助や堕胎、結石除去術には与しないと述べられているだけである。
 その後2000年有余、19世紀半ばまで一般庶民がうける医療はさまざまな職種、たとえば理髪師、僧職、薬剤師などによって行われていた注1。特に結石除去師の手術は悲惨そのものであった。ヒポクラテスの誓いに「結石除去は神かけてしない」注2と記されている意味が永年理解できなかったが、結石除去師の施術を知ることにより理解できた注3。しかし、この時代の技術は未開であっても「こころ」と「からだ」は一体として治療されていた。医療手段は個々の医療者のそれぞれの工夫によって提供されており、善意はあっても名誉欲、金銭欲なども否定できず、庶民に対する医療には倫理といえる概念はなかったようである。

 

 18世紀末から19世紀半ばになると医療は一変する。ジェンナーの種痘法で天然痘が確実に予防されるエビデンスが示された。また、消毒法や麻酔法、さらにコッホなどにより細菌が同定された。これらで医療技術は発展の緒につき、20世紀を迎えた。ところが20世紀前半に2度の悲惨な世界大戦を人類は経験した。この両大戦の間にペニシリンが発見されて、人類は感染症から解放されたように思われた。
 しかし、医療技術が進歩すればまたその落とし穴が待っている。第二次世界大戦末期から噂はされていたが、戦後、ドイツの戦争犯罪を裁くニュールンベルグ裁判でドイツの医学の犯罪が暴露された。ユダヤ民族等の抹殺と、人を動物とみなしての医学実験である。曰く、超高度暴露実験、低体温暴露実験、断種実験等々であった。18世紀末までの医療の結果は悲惨なものであったが、人を癒そうとする善意があった。ところがナチスはアーリア人種以外を動物とみなし、医学実験を行ったのである。これはヒポクラテスの誓いの崩壊である。この状況を直視したのが1947年に示されたニュールンベルグコード注4であり、新たな医の倫理の模索の端緒となった。このコードでは人体実験は被験者の理解と同意が絶対必要条件とされたのである。このコードが契機となって同年に世界医師会(WMA)が結成された。
 WMAは翌1948年のジュネーブ宣言でヒポクラテスの誓いの再確認を行い、1964年にはヘルシンキ宣言でヒポクラテスの誓いでは触れられていなかった臨床研究に携わる医師に対する勧告を行った。戦後の社会は「個人の尊重」と「個人の自己決定権」が基盤となっており、そこから1981年のリスボンで「インフォームド・コンセント」の概念が宣言され今日に至っている。なお、WMAの諸宣言は後年しばしば改変されている 。
 さてわが国の現況はどうであろうか。わが国でも日中戦争から1945年の終戦まで人道に反する医療実験が行われていた。満州における731石井部隊事件である。九州大学でも不幸な生体解剖事件があった。日本とドイツは1951年に自国の医学犯罪を謝罪してWMAに加入を許された。ところが日本では国内の犯罪的な医学実験に対する認識・反省は米ソ対立の冷戦状況の中であったとは言え深まることがなかった。逆に赤ひげ先生が医師の鑑として称揚される時代が続いた。

 

 さて、今後の課題である。19世紀半ばからの医療技術のすさまじい発展は今なお続いている。その結果、さまざまな倫理的問題が生じてくる。例えば終末期医療、高度先進医療や生殖医療である。これらの問題を考えるとき、従来のヒポクラテスの誓いやヘルシンキ宣言で代表される医の倫理のみでは解決できない。社会構造との係わりが深いからである。その典型が生殖医療である。既にクローンの牛や豚は事業化されている。この事実を私たち医師は直視しなければならない。そしてこの問題は人類の将来への影響が想像もできないほど深いと思われる。医の倫理はもはや私たち医師のみの倫理ではなくて、人類全体で考えるべき時代になりつつある。

 

  •  中世の医学 ―治療と養生の文化史  H・シッパーゲス著 大橋博司訳ほか 人文書院
  •  国際生命倫理法」資料より ヒポクラテスの誓い 小川鼎三訳
  •  外科の夜明け J・トールワルド著 塩月正雄訳 講談社
  •  「国際生命倫理法」資料より ニュールンベルグの綱領(1947) 星野一正訳