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基本的事項 №2
「倫理と法」

樋口 範雄(東京大学大学院法学政治学研究科教授)

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 「法は倫理の最低限度」。これは法学入門で習う、法と倫理の関係に関する基本原則である。要するに、社会におけるルールをすべて法で定めることはない。これだけは国家権力による強制力によって是非とも守らせなければならない「最低限度の規範」だけが、法として定められるという意味である。

 その結果、たとえば日本法の下では、人がおぼれているのを見て黙って通り過ぎても犯罪とされないのはもちろんのこと、民事上の損害賠償責任も負わない。ただし、おぼれているのがわが子という場合なら、黙って通り過ぎた親には保護責任者遺棄罪が適用される。言い換えれば、それだけは国家が犯罪としてもよいだろうという判断がある。

 さらに、冒頭の文言は2つのことを教える。

 第1に、少なくとも法は倫理と相反するものではないということである。たとえば、個人情報保護法が施行されてすぐに、西日本で大きな脱線事故が起こった。さまざまな病院に数百人のけが人が搬送される中で、病院の担当者が、ある患者がそこにいるかどうかの必死の問い合わせに対し「個人情報保護法」があるので答えられません、と回答したという。これなどは、倫理に反するのが法だというまったく誤った素人考えによっている。しかし、このような誤解があまりに目だったために、厚労省は、このような際には個人情報保護法が障害になることはないという事例解説を公表した。

 第2に、すべての倫理を法的なものにすることはできない、あるいはすべきでないということである。たとえば、医師法19条は「診療に従事する医師は、診察治療の求があつた場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない」と定める。この規定の淵源は明治7年にまで遡ることのできる古い規定であるが、戦前はこの違反に対し罰金刑が定められていた。だが、戦後、罰則のない規定となった。これについて、医事法研究の第一人者だった唄孝一教授は1970年の『医事法学への歩み』(岩波書店)の中で、医師の義務を法がどのように定めるかは「恒久的な問題」、永遠の課題であると述べて、医師法19条のように罰則を設けず単に義務の宣言にとどめているものがあることを指摘し、医師の義務の多くは医療倫理に委ねられ、ごく少数が刑罰を伴う実定法的規定として表れるものだと明言していた。

 応招義務についていうなら、いったい、医師は法に強制されなければ眼前の患者に治療をしない存在なのだろうか。あるいは、別の視点からいうと、嫌々の態度を示す医師に対し、法によって最善の努力を強制することができるだろうか。

 ところが、一部の法律家は、何でも法的効果をもたせることが社会の進歩だと信じ、罰則のない応招義務を根拠に、場合によっては業務上過失致死罪を問うことができると論じたり、一部の裁判所は、同じ条文を基にして、医師の過失を推定し損害賠償責任を認めやすくしようとする。 他方で、医師の側も、あるいは国民の少なからぬ人たちも、さまざまな医療の問題を法によって解決したいと考える傾向が最近は強い。特に、従来なら問題にならなかったことが医学の進歩で可能になったために生じた倫理的問題について、法を作れという声が大きい。終末期医療しかり、生殖補助医療しかり、さらにはES細胞研究などの再生医療や倫理委員会のあり方などである。これを「医療の法化」と呼ぶが、唄先生のいうところの「恒久的な問題」の多数を、刑罰を伴う実体法的規定として定めるべきだというのである。それは、「法は倫理の最大限度」というに等しく、もはや医療に倫理は不要としかねないおそれがある。