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基本的事項 №3
「ヒポクラテスと医の倫理」

江本 秀斗(東京都医師会前理事)

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 ヒポクラテスは紀元前5世紀にエーゲ海のコス島に生まれたギリシャの医師で、それまでの呪術的医療と異なり、健康・病気を自然の現象と考え、科学に基づく医学の基礎を作ったことで「医学の祖」と称されている。彼の弟子たちによって編纂された「ヒポクラテス全集」には当時の最高峰であるギリシャ医学の姿が書き残されている。その中で、医師の職業倫理について書かれた宣誓文が「ヒポクラテスの誓い」であり、世界中の西洋医学教育において現代に至るまで語り継がれている。

 

 ヒポクラテスの誓い(訳:小川鼎三)

 医神アポロン、アスクレピオス、ヒギエイア、パナケイアおよびすべての男神と女神に誓う。私の能力と判断にしたがってこの誓いと約束を守ることを。

  • 1.

    この術を私に教えた人をわが親のごとく敬い、わが財を分かって、その必要あるとき助ける。

  • 2.

    その子孫を私自身の兄弟のごとくみて、彼らが学ぶことを欲すれば報酬なしにこの術を教える。そして書きものや講義その他あらゆる方法で私の持つ医術の知識をわが息子、わが師の息子、また医の規則にもとずき約束と誓いで結ばれている弟子どもに分かち与え、それ以外の誰にも与えない。

  • 3.

    私は能力と判断の限り患者に利益すると思う養生法をとり、悪くて有害と知る方法を決してとらない。

  • 4.

    頼まれても死に導くような薬を与えない。それを覚らせることもしない。同様に婦人を流産に導く道具を与えない。

  • 5.

    純粋と神聖をもってわが生涯を貫き、わが術を行う。

  • 6.

    結石を切りだすことは神かけてしない。それを業とするものに委せる。

  • 7.

    いかなる患家を訪れる時もそれはただ病者を益するためであり、あらゆる勝手な戯れや堕落の行いを避ける。女と男、自由人と奴隷の違いを考慮しない。

  • 8.

    医に関すると否とにかかわらず他人の生活について秘密を守る。

  • 9.

    この誓いを守りつづける限り、私は、いつも医術の実施を楽しみつつ生きてすべての人から尊敬されるであろう。もしこの誓いを破るならばその反対の運命をたまわりたい。

 この「誓い」は、二千年以上前の医療状況下で書かれたものであるので、一部の内容は現代に適さないものもあるが、多くは現在でも医療倫理の根幹を成している。患者の生命と健康保持のための医療を要とし、患者のプライバシー保護、医学教育における徒弟制度の重要性、専門職としての医師の尊厳など多岐にわたっている。「誓い」は弟子たちによって確実に継承され、日本でも江戸時代の蘭方医によって伝えられている。また医の倫理については緒方洪庵の「扶氏醫戒之略」、貝原益軒の「醫箴」や杉田玄白の「形影夜話」などには現代でも十分に通用する重みのある言葉で、医師としてのあるべき姿が明確に述べられている。

 ヒポクラテスの誓いを現代的な言葉で表したのがWMA(世界医師会)のジュネーブ宣言(1948年)である。

 ジュネーブ宣言

 医師として、生涯かけて、人類への奉仕の為にささげる、師に対して尊敬と感謝の気持ちを持ち続ける、良心と尊厳をもって医療に従事する、患者の健康を最優先のこととする、患者の秘密を厳守する、同僚の医師を兄弟とみなす、そして力の及ぶ限り、医師という職業の名誉と高潔な伝統を守り続けることを誓う

 近年、医学の発展とともに医療は高度に専門化、複雑化され、同時に患者主体の医療が提唱されるようになり、患者は自分の診断・治療・予後について完全で新しい情報を得る権利が生じた。患者側にも医療を受けるリスクが求められるが、医療側は患者に納得してもらうためには十分な情報提供が必要である。即ち、患者の人権、自己決定権の尊重、インフォームド・コンセントであり、時代の変遷とともに新しい倫理も生まれてきた。ヒトを対象にした医学研究の倫理的原則を示したヘルシンキ宣言(1964年)や、患者の権利に関するリスボン宣言(1981年)などである。