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日本医師会のみなさまへ

基本的事項 №4
「インフォームド・コンセント」

折田 雄一(滋賀県医師会前参与)

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 日本医師会がインフォームド・コンセント(以下ICと略記)について「説明と同意」という用語を提唱してから既に20年以上が経過している。この間にICは日常の診療の中に定着してきて、ICの法理とともに熟知されていると思われる。

 そこで今回は医師である私が冠動脈バイパス術を受けた患者の立場からこの問題を考えてみたい。

 私と施術者の間ではバイパス手術施行という同意だけで、私は詳細な説明はうけていなかったが手術前夜にも不安を感じることなく、眠ることができた。これは術者への信頼があったからであろう。ところが手術数日前に若い主治医から家族に対してICが1時間にわたって行われた。その後、私は妻にICの理解の有無を尋ねたが、多くを理解できていなかった。そこで署名捺印した理由を問うと、これがなければ治療が始まらないとの答えであった。私は医療に素人である妻の言葉を素直に納得できた。私は、NHKの取材記者として生涯を過ごした石岡荘十氏が病名告知から手術まで4年近くかかっていることを知っていたからである。氏は医師の話を正確に理解できるまでに、それだけの時間をかけて学ばれたのである(『心臓手術』石岡荘十 文藝春秋社による)。この事実は発病まもなく治療を迫られている事態において、医療とは無関係で暮らしていた患者・家族にとっては、法理で定められているICを理解することが極めて困難であることを示唆している。

 医師にとってICとは一体なんなのであろうか。この概念は、「個人の尊重」と「個人の自己決定権」が基盤になっており、1981年世界医師会がリスボン宣言として公表したものである。この観点からみるとICのinformed が受け身になっていることに大きな意味がある。前述したように医師と患者間の医学知識の格差は著しい。「素人である患者に分かりやすく説明してほしい。それを理解してconsent するのは患者である私である」というのがICの真意であろうと私は考えている。この概念の由来からして、ICは患者側に立つ言葉であろうと思われる。しかし、多くの場合、医師は正確で詳しい専門的説明をinformするのである。ところが患者側は多くの場合、説明の意味を理解できていない。一方、医師側は法理にかなっていなければ、万一の時には公的に裁かれることを恐れる。ここに医師と患者関係の間に法理が介在することで、医師と患者間の理解が断たれてしまっている。

 理解のないところに信頼はない。 患者であった私は術前には最悪の事態も可能性はあると考えていたが、前夜に不安はなかった。これは私が術者の意図を理解して、信頼していたからであろう。理解は信頼につながる。この信頼の存在こそが医療の基本であろう。

 ICの根拠となる法律は「医療法第1条の4第2項医師、・・・・は、医療を提供するに当たり、適切な説明を行い、医療を受ける者の理解を得るように努めなければならない。」と示されていることにある。この条文は適切な説明の基準は患者のレベルに沿ったものでなければ、患者の理解、信頼は得られないのだと示唆しているようにみえる。医師・患者間の知識の溝は深い。しかし、私たち医師は患者の人柄を理解できる人間としての力量を高め、その患者が理解でき、かつ医療に潜む危険性をも納得してもらえる極めて高度の説明法を修得することが、医療技術の修得とともに医師の義務であろうと考えている。また、専門的な内容を相手が理解できる平易な言葉で説明できることが真のプロフェッショナルだと考える。これは極めて困難な到達目標であるが、医療の基本である患者の信頼を得る医師であるためには、それに向かっての日常の修練が求められている。これが患者でもあった私の医師としてのICへの理解である。