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<厚生労働大臣賞>
「もう一度竹刀を握りたい」
竹田 雄也(14) 兵庫県神戸市・中学生

 中学一年の夏休みも終わるころ、ふと気づくと僕の左首に3センチくらいのぐりぐりができていた。母は、「痛い?」と何回も聞いたけれど、痛くも何ともなかった。一週間後、微熱が出た僕をみてくれたお医者さんは、「今すぐに大きな病院へ行って検査を受けて下さい」と言った。その時から僕は生死の境に立たされてしまった。

 「君の病名は、悪性リンパ腫しゅです」とお医者さんは僕に告げた。十三歳の僕の頭の中は真っ白で、テレビドラマの中でよく見かけるあの光景だけが目に映っていた。でも僕は泣きわめいたりしなかった。ただ涙がじわっとわいてきて、ぽろっとこぼれたことは覚えている。「病名を告げたのは、病気や治療のことをしっかりと理解して一緒に闘ってほしいからなんだ」とお医者さんは言った。そして、「治療を受ければ必ず治る」と断言してくれた。僕はその言葉を信じてチャンスに賭けることにした。けれど、その時の僕はこれから受ける治療がどんなに苦しくてつらいものかなんて、少しもわかってはいなかった。

 感染を防ぐために個室に入った僕は、まず胸にIVH(中心静脈栄養)という点滴用の管を通した。毎日朝から晩まで、寝ている間もずっと点滴は続いた。点滴の管がまるで鎖のように僕をがんじがらめにした。

 「何で僕がこんな目にあわなければいけないんだ」と、お医者さんに当たり散らしたこともあった。家族と離れ、ベッドにくぎづけにされ、友だちにも会えない生活。「剣道部に入って、やっと防具をつけて練習できるようになったところだったのに。友だちはずいぶん上手になっただろうなぁ」とあせる心も強かった。いらだつ僕をお医者さんや看護師さんたちは、少しも嫌な顔をせずになぐさめ、励ましてくれた。「つらいなぁ。苦しいなぁ。がんばれ、がんばれ。もう少しだからな」と何度も何度も言ってくれた。きっとこう言うしかなかったのだろうと思う。

 大人でも途中で逃げ出すという抗がん剤の副作用は想像もつかないものだった。あまりの強い吐き気に、トイレでよだれを垂らしたまま、うつろな目で立っていた僕にびっくりしたと、後で父から聞いた。毎日交代で病院に来ていた両親は、苦しむ僕の背中をずっとさすり続けてくれた。42 度の高熱が一週間近く続き、顔ははれあがり、震えが止まらなかった。一日一日、ただ生きることに必死だった。口の中がただれ、食べ物など全く受けつけない時でも、ほんの一滴ずつの水分を口から流し込んだ。それが僕の闘うということだったから。

 白血球の数が少し上がる度に、お医者さんは自分のことのように喜んでくれた。髪が抜け落ち、丸坊主になった頭を隠すために深くかぶったキャップ帽の下で、本当は僕もうれしくて笑っていたんだ。でも、長いこと個室で過ごしていた僕は、自分の気持ちをうまく表現できなくなっていた。

 四回目の治療ぐらいから、僕は病室に竹刀を置いた。「必ず治ってあの竹刀をもう一度振るんだ」と自分に言いきかせた。骨と皮にやせてしまった僕にとって、その竹刀は元気だったころを思い起こさせる希望そのものだった。

 時々、中学校の担任の先生が届けてくれる封筒には、「早く元気になって帰って来いよ。待っているぞ」と書かれた、クラスの友だちからの手紙がいっぱい詰まっていた。自分たちのおこづかいを出し合って、毎月漫画を買ってはポストにそっと入れ続けてくれた三人の友だちもいた。お医者さん、看護師さん、先生や友人、そして家族の温かい励ましに支えられて、僕は少しずつ治療を乗り越えていくことができた。

 七カ月にわたる五回のサイクルの抗がん剤治療を終え、僕は退院することができた。退院の時、お医者さんも看護師さんも病棟の端まで送りに来てくれた。何回も振り返る僕をずっと見送ってくれていた。「よくがんばったな。君はとても強くなったぞ。前よりずっと強くなったんだぞ」って。

 退院してからも自宅療養は続き、すぐに学校へ行くことはできなかった。ほとんどベッドの上で過ごしていた僕は、歩くことも十分にはできなくなっていたから。僕は毎日少しずつ散歩した。外を歩けること、空や木々や光がこんなにきれいに見えたことは今までになかった。水をごくごく飲めること、ご飯をおいしく食べられること。病気になる前には当たり前だったことが、とてもうれしく思えた。

 僕は今、竹刀を振っている。病室でずっとながめていたあの竹刀を手に、週一回の部活動に参加できるようになった。病気が治ったら必ず振ってやると心に誓った竹刀が、今僕の手の中にある。

 お医者さんには、毎月一回検査の時に会って、いろいろな話をしている。再発率20 %の壁を突き破って、必ず生き抜いてやる。僕は静かに心の中でそう思っている。


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